Mehveş Evinコラム:空は皆のものなのに、地上はなぜ男のものなのか
2011年11月27日付 Milliyet 紙

私たちはずっと待っていた。そしてついに実現のはこびとなった。トルコ大国民議会が欧州評議会の「女性に対する暴力」協定を批准したのだ。これはとても重大な一歩である・・・しかし女性に対する暴力は、私たちが考え方を変えない限り終わることはない。

国連が「女性に対する暴力撤廃の国際デー」としている11月25日を、我々はうれしい知らせと共に迎えた。私も何度も扱った欧州評議会の協定は、トルコ大国民議会で全政党により承認され、法制化されたのだ!
協定の内容については後に触れるとしよう。なぜならば暴力防止や被害者保護に関して、国家が担う責任はそれほど簡単に免れられるものではないからだ。今後、情状酌量による減刑が行われたり、国に訴えたにもかかわらず差し戻されたり、シェルターから連れ出されて夫の元へ帰されたりという事が過去の話となる事を祈る・・・少なくとも協定はこれを命じている。どのように適用されていくのかは、徐々に明らかになるだろう。

■空の半分

ヒュッリイェト紙が毎年開催する「家庭内暴力防止会議」が一昨日、協定の承認をうけ希望に満ちた空気で始まった・・・大臣も参加した開会式とプレゼンテーションの後、徐々に人がまばらになっていった会場で、その日の締めくくりに家庭内暴力防止に尽力した人たちが再び残って集まった。「空は皆のもの」という会議名は記者のニコラス・クリストフ氏とシェリル・ウドゥン氏の本からとっていた。「Half The Sky(空の半分)」という名の本の作者は、世界中の性的暴行や暴力、殺人の話を取り上げ、「女性は空の半分である」という言葉を選んだようだ。素敵なタイトルである。しかし大地があるのに、いつ私たちは空に羽ばたいたのだろう。ひょっとして私たちは、地上はほぼ完全に男性の支配にあるから、空に希望を抱いているのだろうか。
個人的には空も地上も人間だけで取り合うことには反対だが・・・
ともあれ・・・

■彼女をフェリハと名付けよう

会議の最後に、妹を「因習殺人」の犠牲者にさせまいとする一人の女性が話した。あえてその妹の名前は書かない。なぜならばこの恐ろしい物語はまだ終わっていないのだ。妹を殺そうと誓う彼女の「おじ」はそこかしこを歩き回っているからだ。

彼女をフェリハと名付けよう・・・フェリハは、夫からひどい暴力を受ける。とうとう事態が「あたりかまわず刃物を振りかざす」までに至ると、タクシーに飛び乗って家から逃げる。あああ!女性は、そう、殴られれば、黙るものだと思われている。そして、連中は「私たち一族の名誉はずたずたになった」と叫び、若い女性の「死の命令」がだされるのだ。

「手にかける」役目を引き受けなかった兄は、兵役を終えた日、「因習」により殺される。その後は「ジェットコースター」のようだ・・・フェリハは、今日もまだ隠れている。実の娘に会う事も出来ず、命は危険にさらされている。彼女の父親は、うちひしがれ、がんにかかった。フェリハの姉は、これらのことを話すとき、とてもつらそうだった、時折泣いていた。彼女の肩に手をかけ、「空は皆のもの」と慰めたかったが、できなかった。

2万6千人
2011年だけで警察に訴えた暴力被害者の数

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( 翻訳者:南澤沙織 )
( 記事ID:24670 )