Fikret Bilaコラム:ミッリイェト紙の将来
2011年12月29日付 Milliyet 紙
シンボルマークは、「燃えるトーチ」
シンボルマークは、「燃えるトーチ」

ミッリイェト紙はトルコの報道界で、最も影響力のある、最も力を持った新聞の筆頭にあげられる。この特異なる地位は、ミッリイェト紙が61年もの間頑張って守りぬき、定着させてきたジャーナリズムの原則や倫理的価値観のたまものなのである。ミッリイェト紙はトルコの報道界にグローバルなジャーナリズムの原則がもたらされることにおいて、リーダー的な役割を果たした新聞である。こうした働きを61年もの間、無償の形で続けてきた、そして読者からそれにふさわしい見返り(評価)を得てきた。

ミッリイェト紙を厳しい競争条件下でいつも成功に導いたものは、これらの価値観であり、そしてこの価値観とともに成長してきたスタッフ、そしてその支持をいかなる時も止めることのなかった見識の高い読者たちなのである。ミッリイェト紙が今日、知識人、研究者、歴史家、外交官らにより、正しい情報源だとみなされていることや参考文献として利用してもらっていることは、これらミッリイェト紙の持つ特徴の賜物なのである。

アブディ・イペッキチ(訳者註:ミッリイェト紙の元編集長。1979年暗殺される)の路線を基にする価値観により、ミッリイェト紙はジャーナリズムの「エコール(学校)」となっている。ミッリイェト紙が「報道における信頼」というスローガンと共に語られる理由もここにある。

■困難な日々

ミッリイェト紙はジャーナリズム活動という観点からは、今まで困難を経験することはなく、常に様々な成功により新聞界の第一人者の地位を保ってきた新聞である。

「報道における信頼」を象徴するミッリイェト紙は、ジャーナリズムの世界で働きたいと思う人々にとって、最も魅力的な新聞となった。

アイドゥン・ドアン氏はミッリイェト紙を32年前に買収し、「エルジュメント・カラジャン(註)とアブディ・イペッキチ路線」をさらに堅固なものにした。しかし、その後、ミッリイェト紙売却せざるをえなくなったが、最初にそれを行うとしたとき様々な問題が浮上し、売却を中止した。ミッリイェト紙がこのままでは間違った手にわたってしまうと理解するや、アイドゥン・ドアン氏を筆頭に、ミッリイェト紙で働く者たち、ミッリイェト紙のコラムニストたち、記者らも含め、読者そしてトルコの世論もこの売却を協力して食い止めたのだ。

[訳者註:1955年父の跡を継いでミッリイェト紙の社主となり、1980年代にドアングループに売り渡すまで社主を続ける]

■売却決定に安堵

ドアングループの(企業規模)縮小の決定は、最初の売却のさいに生じた困難な日々を経験したことで、アイドゥン・ドアン氏とミッリイェト紙の社員たちに特別な責任を負わせた。

この責任感をもって行動したアイドゥン・ドアン氏は、(新しい経営者の下でミッリイェト紙が)商業的にうまく立ち行くかどうかというよりもミッリイェト紙が信頼できる人の手に渡ることを第一に考え、売却の決定を下した。
ドアン氏がこうしてデミルオーレン・カラジャン共同グループを選んだことは、こうした真摯な考えの結果なのである。

一方では、デミルオーレン・グループのようなビジネス界で最も尊敬され最も有力なグループの一つが、他方ではミッリイェト紙の創業家の人々が(新たな経営陣の中に)含まれることは、アイドゥン・ドアン氏にとって、またミッリイェト新聞社の社員にとって、読者たちにとって、そして世論にとって信頼を与えるものである。

■いざこざ

ミッリイェト紙の燃え盛るトーチが信頼できる人の手に渡されたという安ど感の中で、新たな前進が準備される一方で、(デミルオーレン・グループと、ミッレト紙創業者一族であるカラジャン家の)共同事業であるために噴出したいざこざは、大きな問題を引き起こした。こうしたなか、残念ながらミッリイェト紙を裁判沙汰に巻き込むこととなり、その結果、経営権は管財人に引き渡された。

■デミルオーレンの努力

売却が実現した日から今日まで、ミッリイェト紙の名に恥じないように日々の仕事をこなすよう、そしてジャーナリズム活動において財政的障害に遭遇しないよう、また従業員の個人的な権利という観点での問題が生じないように、デミルオーレン・グループがどれほど努力したか我々は知っている。
1950年から今日まで、トルコを明るく照らしてきたミッリイェトというトーチが、同じ勢いで燃え続けるために、資本を投資し続けるデミルオーレンの努力のように、カラジャン家にも創業家としての責任にふさわしい行動を期待することは、ミッリイェト紙の、そして読者の権利である。

デミルオーレンが今日まで投資してきた金額が6500万リラ(約27億円)に達したという情報は、ミッリイェト紙が生き残っていくために、このグループが示した前向きな意思を反映している。デミルオーレン・グループがミッリイェト紙主導の下で、テレビを含む新たなプロジェクトを準備しているということももう一つの意思の表れである。

カラジャン家もこの同じプロセスの中で、共同事業に投資できた資金が、会社創立のために必要な最低金額250万リラ(約1億250万円)であることが分かっている。

こうした状況を前にして、カラジャン家の人々は創業家であるということの責任感を理解し、解決策を理性的な合意の中で模索し、ミッリイェト紙の将来を切り開くことが最も正しい道のように思われる。

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( 翻訳者:奥 真裕 )
( 記事ID:24997 )