Semih İdizコラム:シリア問題対応へ、トルコ政府の混乱
2012年03月10日付 Milliyet 紙

ギュル大統領やエルドアン首相の、シリアの政権に対する発言の語気が荒くなってきたことには、トルコが、もはやその一部となってしまったこの問題に対して、解決策が見いだせないことを表している。ダヴトオール外相の発言から、トルコ政府は国際社会が具体的に行動に移すことを基本的には期待していると、我々皆が知っている。しかし、ギュル大統領のチュニジアでの発言からは、トルコ政府は「国際社会が」シリア問題に関して行動に移すことを期待しているが、同時にいくつかの点で躊躇していることもわかる。

ギュル大統領の、「域外からの介入は正しくないと思います。悪用されかねず、これに関して様々な問題が起きるでしょう。この問題は中東の責任とするのが、より正しいと思います」という発言が、このことを明らかに表している。

ここでいう「域外からの」という言葉は、まぎれもなくアメリカと欧州諸国を示している。しかし、現状を見ると、欧米のどの国も、シリアに軍を派遣するなどという気はなさそうである。トルコで一部により広められつつある「欧州はハウンド犬のようにシリアに今にも食いつく」という噂には、何の根拠も無い。

トルコがシリアに介入するよう絶えず言われているこの状況も、そもそも欧米諸国がこの問題の解決策を見つけられないでいることを明るみにしている。国際社会が行動できないでいる一方、シリアも-ロシアとイランの支援によって-「ボスニアの道」を歩み続けている。

結局、バッシャール・アル=アサド大統領は、欧米諸国にしても中東地域にしても自身へ干渉することはできないことを、この段階で知ってしまった。背後には、ギュル大統領の言葉を借りれば「外からの力」、つまりロシアがいるため、自信をもっている。

このため、トルコ及び、あるいは、サウジアラビア、カタールなど自国の安全をアメリカに依拠しているアラブ諸国がシリアに軍事的介入を行えば、アメリカ政府はたいへん喜んだことであろう。しかし、この可能性も無い。なぜならば、中東地域各国が集まりシリア問題に関して必要な共通の決定をどのように下すのかが、ひとつの課題であるからだ。

更に、ギュル大統領の発言から、トルコ政府は欧米諸国だけでなく、シリアに対していかなる軍事的介入も望んでいないこと、問題を「域外からの介入無しに政 治的に解決」する必要があると思っていることを明らかにしている。しかし、軍事的介入はさておき、この政治的解決さえも「中東が責任をもつこと」については、どうなるのか不透明である。

「アラブ連盟」と言うかもしれないが、弱く効果の無い決定をすることで、国連やNATOの出番をさらに増やしてしまうことを、特にリビア問題で我々は目撃した。アラブ連盟が、人道に反する罪を犯した国の者を団長としてシリアに派遣した-そして初日にして内部分裂した-「調査団」の試みが大失敗に終わったことも、目撃した。

一方で、中東地域も宗派単位でますます分裂しているこの状況で、シリアに対して軍事的又は政治的ないかなる介入も、ギュル大統領が心配しているように、 「悪用」されることはないのだろうか?サウジアラビアが、蜂起を始めたシーア派を鎮圧する目的で、「秩序をもたらすため」と言ってバーレーンに軍を派遣したことを、イランや中東の他のシーア派は未だに激しく非難しているではないか?

これに対し、シリアではアサド派集団が「域外の力」、つまりロシアに守られており、更には反サウジアラビアのイランからも支援されていることは明らかではないのか?

また、次のように仮定してみよう。すなわち、中東諸国が必要な決定を下し、シリアに対して何らかの介入を決め、トルコはこれに加わった、又はイニシアティ ブを握ったとする。中東地域のあらゆる国はこれを歓迎するだろうか?もう現時点から、トルコが「内政に干渉する」ことに不満を抱いている人たちがいるのではないか?

トルコ政府は厳しくまた具体的な発言をしたが、それでも、シリアでなされるべきこと、またこれを誰がどのように行うのかについて、多少混乱しているように見受けられる。一方では、ボスニアとコソボのイスラム教徒らが結局、誰の介入によって救われたのかは直近の例で明らかだ。

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( 翻訳者:津久井優 )
( 記事ID:25780 )