1993年スィヴァス・マドゥマクホテル焼き打ち事件、裁判所時効決定
2012年03月13日付 Radikal 紙

スィヴァスで1993年7月2日に起こり、活動家2人、ホテル従業員1人を含む37人の死という結末に終わったマドゥマクホテルの放火事件に関する裁判で、法廷は時効という歴史的な判決を下した。

法廷は、裁判の時効による終結を決定した。Hurriyet.com.trは裁判を、そしてその後の展開を刻一刻と追っている。

スィヴァスで1993年7月2日に起きたマドゥマクホテルの放火と37人の死に関する本訴訟から分離された7人の被告についての裁判は、2被告について死亡、一方5被告については時効を理由とした裁判中止が決定された。

アンカラ第11重罪法廷での審理で、弁護士らの最終陳述が行われた後、判決が言い渡された。

法廷は、被告のジャフェル・エルチャクマクとユルマズ・バーの死亡、一方シェヴケト・エルドアン、キョクサル・コチャク、イフサン・チャクマク、ハカン・カラジャ、ネヂミ・カラオメルオールについては、時効のため公訴の中止を決定した。

■これが法廷の決定

裁判官のデュンダル・オルスデミルは判決で「非人道的な罪に時効はありえないが、しかしこの罪の実行者は公職者ではなく市民であるために、裁判の中止が決定された」と述べた。

判決の後、裁判所出口では数人の国会議員と事件で命を落とした人々の近親者が判決に反発した。

■判決に上訴

弁護士のシェナル・サルハン氏は、法廷の決定を上訴するであろうと発表し、「法廷が非人道的な罪として評価したことさえ一つの前進である」と述べた。

「喜ぶべき判決」というサルハン氏は「我々は人道に基づいた法的闘争を続ける。19年間希望を持って、彼らが法の前に刑罰を受けることを待った。彼らのようにホテルを焼き、石を投げて応酬しなかった」と話した。

■この判決を予想していた、だが立ち上がることができない

マドゥクホテルで命を落とした詩人のメティン・アルトゥオク氏の娘ゼイネプ・アルトゥオク・アカトゥル氏は、裁判が時効という結末を迎えたことについて、ツイッターで次のようにコメントした。
「判決;彼らが公職者ではないために時効が発生した。裁判は中止となった。殺人者は自由に!
この判決を予想していた。だが、立ちあがることができない。死んだ被告の時効は続く。死んでいなければ、助かることはできなかった。これは我々に供された蜜となった(糠喜びに過ぎなかった)。
我々は傍聴中は希望を持った。2つ目の判決も良いものだと思った。そして我々はその場に伏し、崩れ落ちた。法廷は静粛に、厳粛に空になった。法廷にふさわしいように…」

何千の国民も裁判を傍聴しにアンカラ裁判所の前に集まった。集まった者のなかにはアゴス紙の前で狙撃されたフラント・ディンク氏の妻ラケル・ディンク氏もいた。

■反応

共和人民党セズギン・タンルクル副党首:「我々は判決を司法の汚点として位置付け、非難する」

共和人民党デニズリ選出イルハン・ジハネル議員:「判決は不法だ」

平和民主党ギュルタン・クシャナク副首相:「判決によって彼らの心の傷は塞がれなかった。一部の人たちはこの裁判を終わらせたことにするかもしれない。しかし民主主義を支持する人々はこの裁判を最後まで続けるだろう」

Tweet
シェア


この記事の原文はこちら
原文をPDFファイルで見る
原文をMHTファイルで見る

 同じジャンルの記事を見る


( 翻訳者:吉岡春菜 )
( 記事ID:25799 )