チャナッカレでの戦没者追悼、トルコ国外でも
2012年03月18日付 Hurriyet 紙

チャナッカレでの戦没者が、北キプロス・トルコ共和国(KKTC)のイエメントルコ人墓地とバクーでも追悼された。

ギルネ・ボスフォラス墓地で行われた式に、デルヴィシュ・エルオール大統領、ハサン・ボゼル共和国議会議長、イルセン・キュチュク首相、第2代大統領メフメト・アリ・タラト氏、トルコのニコシア大使ハリル・イブラヒム・アクチャ氏、キプロス・トルコ平和軍(KTBK)司令官アデム・フドゥティ中将、KKTC保安軍司令官メフメト・ダイサル少将、各省大臣、各政党党首、大学、諸団体の代表が参加した。
式次第に従い、式典は墓碑への供花で始まり、敬礼が行われた。弔砲が発せられ、トルコ国歌が流れる中、国旗が掲げられた。
キプロス・トルコ平和軍参謀部ファーティフ・ヤスル・アックシュ少佐による、かの日の意義と重要性を語る演説ののち、エルオール大統領、アクチャ大使、そしてKTBK司令官フドゥティ中将が追悼帳に署名した。

アヌトカビル(アタテュルク霊廟)に供えられるためにボスフォラス戦没者墓地から取られた土は、エルオール大統領によってアクチャ大使に受け渡された。アクチャ大使は土を受け取り、墓地の土が直ちにアヌトカビルに届けられるだろうと述べた。

■トルコの保障は、必要不可欠な条件だ

エルオール大統領は、追悼帳に次のように記した。

「親愛なる戦没者へ
隅々まで先祖の地が流されトルコ人の大地となったキプロスに、あなた方より後の世代に恐れることなく生きるため、自由の土地を与えてくださいました。
今日、母国トルコからあらゆる面で支援を受け、我々が自由に生きる祖国で、あなた方は残したものが確かに受け継がれたのを見届け、安らかに眠っておられます。現在も続く交渉の過程における我々の目標は、あらゆる生存の権利を守り、我々の味わった苦杯を新しい世代には残さず、新たな衝突、新たな犠牲者を出さない、公正で持続的で実現可能な解決に達することです。その際には、トルコの有力な実効的保障が必要不可欠な条件です。我々の今日をもたらした偉大なあなた方戦没者を、今一度神の慈愛と感謝で追悼し、あなた方の精神の御前に敬意をもって拝礼いたします。」

アクチャ大使も感情を追悼帳に次のように記した。

「親愛なる戦没者へ
皆様はキプロス・トルコの人間らしく生きる権利のために闘われました。この神聖な闘いの勝利のために流された血の一滴一滴が、自由の闘いの基盤に力を与え続けることでしょう。新しい世代はあなた方をいつも感謝の念と共に記憶します。トルコ国民の権利を守り高めるために、歴史上命を捧げた全ての戦没者たちを感謝と慈愛で追悼します。親愛なる思い出の前で敬意を込めて拝礼いたします」

KTBK司令部アデム・フドゥティ中将は、次のように記した。

「親愛なる戦没者へ
崇高な国民の果てしない愛と信頼を得る英雄トルコ軍の一員として申し上げます。我々は、あなた方の血で境界が引かれた地を、何年にも渡り同じ場所で生きた、そしてこれからも生きることを決意した国民の団結を、近代的で民主主義的、世俗的、そして社会的な法治国家であるトルコ共和国と北キプロス・トルコ共和国を、あなた方から授かった力と信念、そして自己犠牲により、アタテュルク主義と革命の枠組みで永久に守り、栄えさせる決意です。あなた方の残されたものは安全です、安らかに眠ってください。」

■イエメン・トルコ人墓地で追悼式

3月18日戦没者追悼の日とチャナッカレの勝利97周年を記念して、「去りし者は帰らず」と記された石碑のあるイエメン・トルコ戦没者墓地でも広く参加された式典が開かれた。
軍の追悼式ではファズル・チョルマン・サヌア大使、リヤドとイエメンの軍事担当員ケリム・アジャル参謀大佐とセイト・マフムト・ブハリ書記官、イエメン参謀副総長シェリフ・ムハンメド・アフメド少将と指揮官数名に加え、外国使節団、大使、多くのトルコ国民とイエメン人招待客がトルコ墓地に集まった。
イエメンの首都サヌアのトルコ墓地は、古いオスマン朝時代の兵舎と現在のイエメン参謀本部と防衛省「エル・オルディ」ビルの隣にある。早朝から招待者が詰めかけ、式のため割り振られた式次第と鼓笛隊は高い評価を得た。2国の国歌が歌われ、墓碑に花輪が供えられた。

シェリフ・ムハンメド・アフメド参謀副総長は、二国間の友好と類似した軍の伝統に言及し、「二国の国民は、二つの手が合わさるように、今日この意義ある日に一つになったと思う。非常に古くに遡る我々の文化と歴史は、近年強まったトルコの外交政策によりさらに近いものになった。今日、昨年はアブドゥッラー・ギュル大統領が開会したこの意義ある追悼式は、発展するこの二国関係の象徴である」と述べた。

追悼式で演説したファズル・チョルマン大使は、「重要なことは、戦争の勝ち負けよりも、戦争による壊滅から名誉と平和をもって立ち直ることだ」と述べた。チョルマン大使は「トルコ国民は自国の軍に示す尊敬と共感をチャナッカレ戦争で命を落とした全ての国の兵士にも示し、全世界の見本となった」というように語った。

招待者は、墓地の壁に吊るされたトルコ兵の名前が書かれた札を眺めた後、3月18日の戦没者追悼の日とチャナッカレ海戦勝利の97周年を記念したレセプションが、トルコのサヌア大使館の応接間で催された。

■アゼルバイジャンでも催しが開かれた

3月18日戦没者追悼の日とチャナッカレ海戦勝利の97周年を記念して、アゼルバイジャンの首都バクーでも催しが開かれた。
催しでは、はじめにトルコ戦没者墓地の前で、トルコのフルスィ・クルチ・バクー大使、軍事担当員ユジェル・カラウズ准将、大使館員、民間組織、軍幹部、そしてトルコとアゼルバイジャンの民間人も参加した式典が開かれた。
クルチ大使は墓地にある霊廟に花輪とカーネーションを供えた。特別追悼帳にも署名し、アゼルバイジャン軍楽隊によって演奏された二国の国歌を式の参加者と共に聴いた。
クルチ大使と式に参加した人々はその後、トルコ人墓地の隣にあるアゼルバイジャン人墓地も訪れ、花冠とカーネーションを供えた。

第2の催しとして、トルコのバクー大使館ヌーリ・パシャの間で、バクー大使館軍事担当員によるチャナッカレ戦没者追悼プログラムが開催された。
大使館の軍事担当員ユジェル・カラウズ准将は、チャナッカレの戦い前後にトルコ国民が経験した出来事を、スライドと短い映像を用いて説明した。

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( 翻訳者:倉田杏実 )
( 記事ID:25841 )