エムレが初めてではない―トルコ・サッカー史にみる差別発言の数々
2012年04月18日付 Radikal紙

トルコのサッカー場から人種差別が無くなったことはない!

フェネルバフチェ所属のエムレ・ベロゾール選手で話題になった差別発言はトルコには長年存在している


対カザフスタン戦の国際試合においてFIFAの、人種差別を非難するフェアプレーの原則を読みあげたフェネルバフチェ所属のエムレ・ベロゾール選手は、トラブゾンスポル所属のゾコラ選手に対し「汚い黒人」と言う差別発言をしたために出場停止(処分)の上、懲戒委員会に訴えられた。ベロゾール選手の騒ぎに端を発した人種差別問題は、トルコリーグにとって目新しいことではない。

■レフテルの例

フェネルバフチェの伝説のキャプテンであったレフテル・クチュカンドニャディス氏は、一晩の内に出された富裕税や、9月6-7日事件を経験した。代表チーム最多出場選手にさせないために「特別な」措置が採られた。ここ最近、人種差別的な発言が多く見受けられる。そのうちのいくつかの例は以下の通りである。

■テリムからスシッチへ

ガラタサライのファーティフ・テリム監督は1996/97年シーズンのイスタンブルスポルとの試合後、相手チームのサフェト・スシッチ選手に対し「私の国では、とりわけセルビア人はこんな風に口をきいてはならない」と言った。スシッチ選手はセルビア人ではなく、ボスニア人だ。

■「人食いではなくアラブ人だと言いたかったのだ」

1999年、トラブゾンスポルのメフメト・アリ・ユルマズ会長は、イギリス人の黒人選手ケヴィン・キャンベル氏に対し「私たちは人食いをゴール製造機として買ったのだが、彼は洗濯機だった」と発言した。ユルマズ会長は、反発が出たことを受け、(自身の発言が)誤解されてしまったこと、「アラブ人だと言いたかった」と言うことを述べ、更に以下のように付け加えた。
「私たちは人食いと言った表現を使うが、トルコでは人種差別はないので、そのように誤解されるとは思わなかった。」

■トゥルンによるアフリカ人サッカー選手の定義!

また、1999年に当時のガラタサライクラブの役員で、現会長のユナル・アイサル氏の顧問であるビュレント・トゥルン氏は、「アフリカで、部族の中で暮らす文化も策もないサッカー選手の集団は、近いうちにトルコを去るだろう」と述べた。

■レヴィヴォにヒトラーの警告

イスラエル・パレスチナ問題が注目を集めた2002年に、イスタンブルとコンヤで行われたデモにおいて、フェネルバフチェ所属のイスラエル人選手ハイム・レヴィヴォ氏に対し「ヒトラー、今になってお前のことが良く分かる」と言うスローガンが掲げられた。

■アウレリオがもし代表のユニフォームを着たら…

故キャーズム・カナト記者は2006年に「アウレリオが代表のユニフォームを着たら、私は国歌斉唱時に起立しない」と述べた。

■バリリへの暴言

2007年8月、トラブゾンスポル所属のアイマン選手とシヴァススポル所属のバリリ選手との間の口論が、人種差別の騒ぎとなった。シヴァススポルのイスラエル人選手ピニ・フェリックス・バリリ氏は時々、ピッチの上では選手達から、スタンドではサポーター達から言葉の攻撃にさらされていたと述べた。

■「アラブ人の方を選んだ」

2008年にサメット・アイババ氏はエル・サカ選手指して、「私よりもアラブ人の方を選んだ」と述べた。

■「アルメニア人のオウズ氏」

また、2008年の12月17日、トラブゾンスポルのサポーターが中央審判委員会オウズ・サルヴァン委員長への抗議の際、”アルメニア人オウズをトラブゾンで大虐殺”というスローガンを掲げた。

■ディヤルバクルスポルが被ったもの

人種差別は2009年の9月にブルサスポル対ディヤルバクルスポル戦において最高潮に達した。スタンドでは「なんと幸せなる哉、トルコ人であるという者は」と「我々は兵士であり、トルコ人である」と言う横断幕を掲げ「PKKは出てけ」と叫んだ。。ディヤルバクルの経営陣や選手らは、この件に抗議した。

■エボウエ選手に猿まね

ガラタサライ所属のエボウエ選手は2011年11月に行われたベシクタシュ戦で、自分が猿だと侮辱されたと主張した。ヨーロッパで大きな反響を呼んだ後、この件はベシクタシュ所属の選手達によって否定された。月曜日の夜、スタンドでゾコラ選手を応援する横断幕が掲げられる際、エボウエ選手は、再び猿のまねをしたベシクタシュのサポーター達に直面した。

■解剖して見ろ

フェネルバフチェのハサン・チェティンカヤ管理マネージャーは、最初の試合の後、エボウエがスタンドから物を投げられ、長い間うずくまっていたことに対し、次のように述べた。「コートジボワール出身のサッカー選手の尻に水が当たったら、頭に痛みを感じたなんておかしなことだ。解剖分析の必要があるのではないか!?!」

■牧師の原っぱ(訳注:フェネルバフチェの本拠地の旧称)から立法帝(スレイマン1世)の故郷(トラブゾン)へ

エムレ・ベロゾール選手を人種差別だとして訴えたトラブゾンスポルのスタンドで、たったの3週間前にこのような横断幕が掲げられた。「牧師の原っぱから立法帝(スレイマン1世)の故郷へどの面下げてやって来た。」

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(翻訳者:田中けやき)
(記事ID:26116)