サバーフ・ナアイーム、エジプト人の不安を美術として表現
2012年07月12日付 al-Hayat紙

サバーフ・ナアイーム、エジプト人の不安を美術として表現

2012年7月12日『アル=ハヤート』

【カイロ:ワリード・アッ=リマーリー】

エジプト人美術家サバーフ・ナアイームは、彼女の作品の特異性を通して世界とつながることを試みている。彼女の先駆者の試みの簡便化や繰り返しを拒否しながら、そしてより困難な道をたどりながら。それは、エジプト人の不安や、痛みへのアプローチであり、それらの写真やビデオ・アートによる記録であり、それらと絵や色彩との融合である。

ナアイームはこの分野(絵と写真の融合)での特異性の理由は、社会的、政治的次元に従い製作を試みたことからくる、と信じている。勿論、この試みは障害に直面し、障害の中には、エジプト人女性として、多くの場所の撮影を禁じられたことなどがある。他の写真家や、画家、外国人にはそれが出来たのに、である。そしてそのことは、彼女をして、彼女の祖国での疎外感を感じさせたのである。自身の国で経験した苦難多き状況にも関わらず、多くの世界的文献が彼女を賞賛した。その中の最重要なものは、2009年に発行されたエンサイクロペディア、「Future image」で、そこでは、彼女は世界中でもっとも重要な写真家の一人の中に入っている。これらの重要な写真家たちは、写真の分野での新しい将来的な製作を期待されており、それらは発展と現代化が主なテーマとなっている。

カイロ・アメリカン大学は、そのエンサイクロペディア「モダン・アート」に彼女を掲載し、「リーム・ハウス」協会からの招待でロンドンに一ヶ月滞在し、35枚の絵と写真を完成せしめた。その一つはクリスティーズ・ホールにて売られたが、そのタイトルは「ロンドンの通り」である。

イタリアの雑誌「ラ・リパブリカ」は彼女に関しての記事を書き、「サバーフ・ナアイームの作品は、写真の新しい将来を我々の目前に形作ってくれる」とした。また同様に、大部分のアラブ・世界の定期刊行物や雑誌は彼女の作品をカバーに使用した。

ナアイームは経験したフラストレーションが、芸術家としての彼女に影響を与えたことを明らかにした。それは彼女の作品を明白な政治的メッセージに導いた。というのは、それはエジプトの世論の一部であり、かつそれは人々や国家全体の一部であるからだ。

ナアイームは道を歩いている普通の人々は自失呆然であると考える。その中には勤め人も、中央治安局の軍人も、ごみ収集人もいるが。今、彼女の芸術を青年の新世代へともたらすことを考えている。そして、彼らの多くを、カイロのアトリエで年に三、四回の展覧会開催することにより後援し、そこで才能の発掘やその支援をするのである。

エジプトの美術家の問題に関しては、芸術における縁故主義の先行であると強調し、以下のように述べた。それは革命以前は存在していた。そこには4,5人の芸術家の集団があり、彼らがすべての金銭的あるいは権力の利権を獲得していた。そして海外に出、誰も彼らに近寄ることは出来ない、もし彼らのご機嫌を麗しくすることに努めければ。また、エジプトのホールは少なく、セレブ以外には展示も売ることも出来ない。このことが、芸術を続けていくために青年たちがチャンスを得たり、作品を売ったりすることを妨げているのだ。

ビデオ・アートに関しては、二つの作品をベニスのビエンナーレで上映したと明らかにした。それは、メトロの一乗客を映したものであったという。ここでは、すべてが自失呆然者の如く座り、横に座っている人を感じていない。一方、もう一つの作品は母とその娘の間の人間関係に関するものである。この娘がナアイームで、「C」型肝炎を患った際の出来事を扱っている。

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(翻訳者:山﨑やよい)
(記事ID:26994)