オリンピックがトルコ開催になったら…
2012年07月30日付 Milliyet紙


もしあなたが2012年のロンドンオリンピックの開会式を見なかったら、多くのことを見逃したことになる。ご存知のように、イスタンブルは 2020年のオリンピック候補地となっている。私は、式典を少しこの観点から見物した。

―たしかにダニー・ボイル監督のショーは、簡略化されたものであったにも関わらず、長かった……。イギリスの「幸福な」村の生活から業界革命への発展とオリンピックを結び付けるのは、強引だった。

―イギリスポップカルチャーの聖像が次から次へと列挙された式典は、初めの1時間半は普遍的なものやオリンピック精神からかけ離れ、巨大な「イギリス人のショー」を思わせた……。恐ろしいのは、このショーを見た我々がもしオリンピックを引き継いだら、「誇り高きオスマンの歴史」を舞台にとり上げ、ダンスグループ「アナトリアの炎」で式を飾ろうとすることだ。

―なにはともあれ、イギリス人たちはこうした式典においてでさえも、イギリス女王を揶揄することができることを示した。例えば、ジェームズ・ボンド氏と一緒にヘリコプターから飛び降りた女王のスタントマンは、スカートを頭に捲り上げ、長い足とアンダーパンツを見せながら地上に降り立った。

■神が女王を救う

―王室批判の度合いはといえば、イギリスのバンドであるセックス・ピストルズが女王と君主制を侮辱した「神が女王を救う」という曲が演奏されそうなほどだった。例の1曲ではなかったが、セックス・ピストルズの別の曲が演奏された。これに似たようなことがトルコで起きるとはとても思えない。例えばトルコの制度を批判するグループ・ヨルムやクルド人歌手であるシヴァン・ペルウェルの歌が演奏される可能性があることは、私には考えられない事態だ 。

―しばらくの間、スタジアムは、若者たちのテクノ・パーティーを思わされる巨大なダンスショーと化した。目的が、人を楽しませることなら、そう、人々は楽しんでいた。一体、トルコで開催されたなら、トルコの若者たちはどのように描写されるのであろうか。首相の理想である「宗教的な」若者は、どう考えても、スポーツ好き、娯楽好きの若者ではない。

―オリンピック精神と色は、205の国の選手たちのスタジアム入場とともにはじまった。トルコの選手団は他の選手団とは違い、コーチたちが前で、選手たちが後ろにいた。トルコから、これほど大勢で、とくに女性の選手が多かったのは初めてで、これは喜ばしいことである。

―サウジアラビアのオリンピックへの初めての女性選手の派遣は価値あるものである。この選手団の一人の女性が、Vサインをしながら、行進した。ベールもシャリーアも、女性の自由への闘争の邪魔をすることは出来ない。女性が選手団の最後尾で歩くことに何点入るだろうか。

■トーチは詩のようだった

―2012年ロンドンオリンピックの開会式の最も魅惑的でオリジナル性があったのが、聖火のトーチであった。トーマス・ヒーサーウィック氏のデザインで、一つの花の花びらのようなつくりであった。試合に参加する205の国を象徴している銅の入れ物から点火され、空に立ち上げるたった一つのトーチになったとき、素晴らしい詩的なイメージが現出した。

―一方、開会式の日は、11人のイスラエル人アスリートが1972年のミュンヘンオリンピックにおいて亡くなった40年目の記念の日ともなった。オリンピック委員会が亡くなった選手たちのために一分間黙祷するという提案を受け入れなかったことは、議論を生んだ。

―開会式や、競技の放送を提供しているTRT(トルコ・ラジオ・テレビ協会)のアナウンサーらについていうと……。残念なことに彼らの質は十分ではない。人々は、ジュナイド・コリュレキ氏、ケナン・オヌク氏のような貴重な解説者がもういないことを、オリンピックという時期には、いつも以上に嘆くことになる。

(本記事はAsahi 中東マガジンでも紹介
されています。)

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(翻訳者:村澤 歩)
(記事ID:27184)