Derya Sazak コラム:さよならアレックス―どん底のトルコサッカー
2012年10月14日付 Milliyet紙

フェネルバフチェのブラジル人スタープレーヤーでチームのキャプテンだったアレックス・デ・ソウザのトルコでの冒険は壮大な送別セレモニーによって幕を閉じた。しかしアレックスを見送りにきたチームメートはセミフと彼の妻だけだったらしい。

本紙のスポーツ版は、アレックスが妻と子供と一緒に空港に来てくれたファンに手を振る写真に「私たちは、君を忘れない!」という見出しを付けた。ブラジル人プレーヤーは、フェネルバフチェの「忘れられない人」になったに留まらず、銅像も建てられた。しかし、まさに「ここはトルコだ!」と言わせるような形で、銅像が建ってから数週間後に契約が解除された。コジャマン監督と「サッカーへの考え方」が違ったことにより、アレックスはシーズン半ばでクラブから放出された。アズィズ・ユルドゥルム会長も、「アレックスの放出」作戦において「誰もフェネルバフチェより上ではない」と述べてコジャマン監督を支持した。アレックスの通訳のサメトにも正当性を認めるよう働きかけた。

恐らく、あるサッカー選手がチームから離れるという決定が、テレビの2時間連続の生放送番組のテーマになったことなど、歴史上、ないだろう。アレックスは、いいサッカー選手であるだけでなく、「メディア現象」としても歴史をうちたてた。テレビがアレックスを映している時にトルコがシリアに侵攻していたとしても、画面は切り替わらず、そのニュースは、「最新情報!」としてテロップで流れるだけだったろう。

フェネルバフチェは、アレックスをこのような形で放出するべきではなかったのだ。偶然家がわりと近かったため、私は、アレックスを試合が無い日に彼の妻と子供と来ていたカフェで見たことがある。とても謙虚で、家族と友達といることを好み、スターであることをあえて示すまでものない性格の人に見えた。

フェネルバフチェとの契約を解除されてからの周囲の彼を惜しむ洪水のような騒ぎにも動じなかった。「アレックスの思い出」にと写真を望む人を拒むことなく、とりわけ子供と若者と写真を撮っていた。

8年間の間にチャンピオンを経験したチームのキャプテンとして170試合で340ゴールを記録したサッカー選手だった。トルコでの外国籍選手のこの輝かしい実績は、(ルーマニアの)ハジのような数人の例があるだけだ。アレックスは、間違いなくトルコに来た最も規律正しいプロ選手として記憶されるだろう。一人のベシクタシュファンとしてフェネルバフチェのアレックスをこうした気持ちで見送るのは、特別な気持ちだ。

突然のこの移籍は、彼の子供達をも学校の友達と引き離した。アレックスのフェネルバフチェにおける最後は「勇退」であるべきだった。

トルコのサッカーはごたごた続きだ。昨年起こった八百長の影がチームに悪い影響を及ぼし続けている。
トルコ代表の2014年のワールドカップ予選の3試合での2敗もその表れだろう。クラブチームでみられるように代表チームでも監督の選手起用の頑固さが、「内輪もめ」という渦を巻き起こしている。本来、トルコ代表のアブドゥラー・アヴジュ監督は、希望のもてるスタートを切ったところだったのに。ガラタサライのUEFAカップでの優勝、欧州選手権とワールドカップでの3位という栄光はもはや過去のものとなった。サッカーにおいて、トルコはどん底にある。

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(翻訳者:新井慧)
(記事ID:27889)