イスラム諸国よ、条約を守り、同日に犠牲祭を祝おう
2012年10月26日付 Yeni Safak紙


ムスリムたちは、世界中で1日に5回顔を同じ方角に向けているが、暦の数え方を巡る論争のため、犠牲祭の開始日はばらばらとなった。イスラム世界は、34年前、ヒジュラ暦の月の始まりに関して合意した諸国が、署名を守ることを期待している。

さまざまな場所に位置する国々で1日に5回顔向けているカアバを指さし、聖地に足を踏み入れる興奮を体験した300万人のムスリムは、昨日(26日)(巡礼を済ませて)ハジュとなった。イスラム教の義務の1つ(である巡礼)を実施するため世界中から出発して聖地に向かったムスリムたちは、巡礼を実施する際、人間としてのいかなる違いにも煩わされることなく、皆でともに祈り、同じ道を歩み、同じ場所で跪拝し、同じ熱狂で涙した。しかし、聖地でさまざまな民族や文化から来たハジュたちが獲得したこの団結は、犠牲祭(クルバン・バイラム)の開始日に関してはイスラム世界に反映されなかった。ムスリムは、それぞれ3日に渡って次々とバイラムを迎え、犠牲祭の行(イバーダー)を行った。

■行は同じ、日程は別

ヒジュラ暦における月の始まりが月の動きによって数えられることについて、イスラム諸国で論争となっていたため、犠牲祭に関して同じ行が異なる日程で行われた。人口の大多数がムスリムであるマケドニアとアルバニアでは、トルコ同様、先週木曜日(25日)に犠牲祭が始まった。サウジアラビア、エジプト、パレスチナなど多くのイスラム諸国では、昨日(26日)バイラムの興奮が始まった。これまでトルコに従っていたボスニア・ヘルツェゴビナも、サウジアラビアに従った。パキスタン、インド、バングラデシュでは、今日(27日)バイラムが始まった。

■イスタンブルで「新月」会議

イスラム世界で地域的条件によって太陰暦の使い方に関して起こっていた論争の終結のため、34年前にイスタンブルで重要な一歩が踏み出されていた。アフガニスタン、バングラデシュ、インドネシア、サウジアラビアを含む19カ国の代表が参加して、「新月の初見」という意味のリュイェティ・ヒラル(Rüyet-i Hilal)と題する会議が行われた。この会議は、それぞれの国で別々の時に新月が出るため、固定されたタイムゾーンを明らかにし、ムスリムが共通して行動できるようにする目的で、1978年11月27日から30日にかけて行われた。この会議では、「あるイスラム国家で新月が確認される時を待つべきなのか、それとも新たな月の始まりを決めるためには、世界のどこかで新月が確認されれば十分なのか」という問いの答えが模索された。

■イスラム世界が再びばらばらに

3日間の集中的な会談と議論を経て、「ヒジュラ暦における月の始まりのためには、世界のどこかで新月が初見されれば十分である」という指針にしたがって合意が得られた。トルコは、宗務庁とともにこの合意を受け入れた。しかしサウジアラビアは、イスラム世界におけるこの論争を終わらせる合意にもかかわらず、断食月とバイラムも含め、犠牲祭を別の日に定めることを続けた。戦争、飢餓、貧困といった大きな問題を内包するイスラム世界が、ヒジュラ暦についてもばらばらになっていることを示す直近の例がこの犠牲祭となった。

■300万人のムスリムがハジュに

聖地で約300万人のムスリムが巡礼の義務を果たし、ハジュとなった。数百万人のムスリムは、アラファト山とムズダリファで立ち止まって祈りを行った後、ミナでジャマラートの投石を行い、カアバ神殿を回って巡礼の義務を果たした。ハジュたちは、その後カアバで行われたバイラムの礼拝で一堂に会して、犠牲獣を屠り、ひげをそった後、イフラームを脱した。バイラムの礼拝の後、ハジュたちはカアバで互いに抱きしめあってバイラムを祝い、喜びの涙を流した。トルコ人ハジュたちの大部分は、イスラム開発銀行の仲介で犠牲獣を屠殺した。

■カアバで金曜礼拝の熱狂

カアバを埋め尽くしたハジュたちは、バイラムの礼拝の後金曜礼拝を待ち始めた。数百万人のハジュはカアバで金曜礼拝を行った。大きな熱狂とともにカアバに集まった数百万人のムスリムは、マスジド・ハラームに向かうあらゆるルートで交通渋滞を引き起こした。マスジド・ハラームにたどり着けなかった数千人は、道路やカアバ周辺のトンネルで列をなして金曜礼拝を行った。礼拝の後、異なる民族、言語、肌の色を持つ数百万人のムスリムは互いにバイラムを祝い、聖地でのバイラムの喜びは頂点に達した。

■ドイツでは教団すら分裂

ブルガリア、ギリシャのなどバルカン諸国で暮らす同胞とともに、外国で暮らす出稼ぎのトルコ市民らも犠牲祭の喜びをトルコと同時に過ごした。しかしこの団結も幾つかの国では壊れた。ドイツで暮らす出稼ぎ労働者らの間では、教団(ジェマート)毎に違いが起こった。いくつかの教団はトルコに合わせる一方、いくつかの教団はサウジアラビアの決定に従ってバイラム入りした。トルコでは、犠牲獣の屠殺に関して態度を決めかねた人々もいた。一部の市民は、「もしバイラムの初日が木曜日であれば、犠牲獣を2日目に屠っても問題はない。もし木曜日でなければ、犠牲祭の行を危険に晒さなかったことになる」という論理で行動し、犠牲獣を昨日(金曜日)屠ることを選んだ。

パレスチナ:パレスチナのムスリムたちはトルコより1日遅れで犠牲祭を迎え、神殿の丘を埋めつくした。子どもたちはモスクの前で風船を飛ばしてバイラムの熱狂を祝った。

ロシア:モスクワでは大雨の中、犠牲祭の礼拝が行われた。モスクやメスジト(小モスク)に入れなかったムスリムたちは、通りや線路上で礼拝のために立ち止まった。

ナイジェリア:ナイジェリアとソマリでは、バイラムの礼拝は軍の監視下で行われた。ムスリムたちは礼拝の前に1人ひとり尋問を受けた。

パキスタン:爆弾の爆発に揺れたパキスタンでは、バイラムの礼拝の際、流血が止まるようにと祈りが捧げられた。

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(翻訳者:永山明子)
(記事ID:28051)