軍司法庁長官「勧善禁悪の名の下で市民のプライバシーを侵害している者がいる」
2012年10月30日付 Mardomsalari紙

 軍司法庁長官は「勧善禁悪(善を命じ悪を禁ずる)の大義の下でならば、市民のプライバシーを侵害してもよいなどと考えている者が一部にいる」と指摘した。

 イラン学生通信の報道によると、ホッジャトルエスラーム・モハンマド・カーゼム・バフラーミーはエスファハーンで開かれた第1回「国軍勧善禁悪責任者集会」の中で、「われわれの仕事とは、目に見えて明らかな悪を取り締まることであり、その悪が密かに行われている場合には、文化的な対策を立て、市民の意識の向上を図ることで、そうした悪の発生を防ぐようにしなければならない」と述べた。

※訳注:「善を命じ悪を禁ずる」の「悪」とは、ここでは主に宗教的な義務に対する違反を指す。例えば、断食月の日中に食事をとる、未婚の男女が手を繋ぐ、など。ただし、文脈に応じて、この「悪」はさまざまに解釈されうる。例えば、1979年の革命の過程では、シャー体制に協力したり、その存在を黙認することが「悪」とされ、シャー体制と闘うことが「善」と見なされた。

 「勧善禁悪再生本部」の副本部長(実行機関担当)を務める同師は、この件に関するイスラームの親愛なる預言者の伝承について触れ、「預言者閣下はこの件について、次のように仰っている。曰く、《信仰を口にする者よ、ムスリムの過ちを追いかけ回す事なかれ、秘め事を詮索することなかれ。人の秘め事を詮索する者は、神がその者の過ちを探し当て、その者に恥を与えることになろう》」。

 同師は、勧善禁悪が正しい方法で実施されていないために、市民の側が〔宗教指導者の指導に対して〕抵抗をしたり、不快に思ったりして、結果的にこれら重要な二つの務め〔=善を命ずることと、悪を禁じること〕が社会の中で忘却されるという事態がもたらされているのだとの見方を示した上で、「この二つの義務を実行するにあたっては、科学的な手法を追求しなければならない。つまり、勧善禁悪の実行者たちをきちんと教育し、また〔勧善禁悪の実行部隊とその指導者が?〕気持ちを一つにして意思疎通を図ることで、われわれは社会から醜きことを取り除くための適切な方法を示し、実行に移すことができるのである」と語った。

 同師はまた、勧善禁悪を実行するにあたっては公正さを保つことが、勧善禁悪の実行者たちの資質として求められると述べ、「勧善禁悪には善意と誠意が必要である。反発を受けたり、思想的・政治的な考えが異なっていたりするからといって、その者への報復を考えてはならない」と付け加えた。

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(翻訳者:ペルシア語記事翻訳班)
(記事ID:28075)