マルマライ・イェニカプ駅の考古学発掘工事、終了間近
2012年12月12日付 Zaman紙


アジアとヨーロッパを海中でつなぐマルマライプロジェクトが進められている。マルマライによりイスタンブル・メトロの乗り入れ駅が建設される予定のイェニカプでは、考古学発掘も終了間近である。

イスタンブル考古学博物館館長であり、イェニカプ遺跡発掘現場総責任者のゼイネプ・クズルタンさんは、作業の90%が完了していると述べた。2004年に始まった発掘は、時には24時間体制で進められた。作業員500名と専門家60名によって進められているこの発掘では、イスタンブルの歴史を8500年前にまで遡る4万点近くの、展示されるにふさわしい出土品が日の目を見た。

マルマライプロジェクトの一環として、2004年11月に初めてイェニカプで掘削が行われた。しかし作業が進むにつれて大量の歴史的出土品が発見され始めた。このため作業は考古学発掘作業にかわっていった。マルマライ側の発掘は2010年に完了し、イスタンブル・メトロの駅建設が始まった。プロジェクトの一環である考古学発掘も最終段階に来た。イスタンブル考古学博物館館長のゼイネプ・クズルタンさんは、地下鉄敷設区域にまだ10%ほどの発掘が残されているという。作業現場では今日から遡る共和国、オスマン朝、ビザンツ、そして先史時代に属する新石器時代の居住遺跡が日の目を見た。出土品はひとつひとつ分類されている。現場での作業は最低でも一年は続くと見られている。

発掘されたなかで最も重要なもののひとつは、ビザンツ時代のテオドシウス港である。この港の中にある、様々な時代の36の船が確認された。港の埋め立ての下からは歴史的半島(イスタンブル地区)最古の居住跡も発見された。イェニカプ考古学発掘地区の責任者である、考古学者のメフメト・アリ・ポラトさんは、「発掘を開始するときからこの場所が古い港であることはわかっていましたが、これほどまでに巨大なものは予想していませんでした。最も驚くべきは港の埋め立ての下で見つかった、8500年前のものとみられるいくつかの発見です。簡単な家の基礎、墓、足跡、木、火打石や木製で作られた道具を見つけました」と話した。ポラトさんは、歴史的出土品と発見を目録化したりスケッチや写真にとり、記録保存するのには時間がかかることをも明らかにした。現場での調査を続けていることに触れつつ、以下のように述べた。「発掘現場からは、日常生活で使われていたアンフォラや食器、金属製品などおよそ4万点が掘り出されました。こうした出土品はまず発掘現場で目録化され、全て登録された後、アトリエに送られます。汚れを落とし、スケッチし、書類にまとめられるのです。あらゆるパーツにIDが付けられます。そして来たる展示に備えてイスタンブル考古学博物館へと運搬されます。」

■4万点の出土品が日の目を見た

イェニカプの発掘で、新石器時代から途切れることなく今日までの、そして街の歴史を明らかにする3万5千の出土品は、書類にまとめられつつ研究のために提供される。

初期ビザンツ時代最大の港であるテオドシウス港が姿をあらわした。マルマラ海沿岸にテオドシウス1世(379-395)によってリコス(バイラムパシャ)渓流の河口に建設されたテオドシウス港は、渓流が運ぶ沈泥により、時間と共にその役目を果たせなくなった。しかし小型船舶の避難港として11世紀まで利用された。

この一帯は、11世紀以降(訳注:原文ママ)はというと、オスマン家のランガ菜園として用いられ始めたとされている

マルマライ発掘現場では13隻、地下鉄発掘現場では22隻、変電所周辺では1隻の、大きさやタイプの異なる、5世紀から11世紀のものと思われる36隻の船が発見された。

港の埋め立ての上に発見された13世紀の教会の遺跡は保存されることとなった。

最大の発見はというと、8500年前の足跡である。2068もの足跡はシリコン型がとられ、レーザーで計測され、特別に切り取られた。同一帯からは198の樹木と何千もの動物の骨も発見された。

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(翻訳者:白鳥夏美)
(記事ID:28524)