ベディユッザマン・ヌールスィーは確かに「サイード」だった
2012年12月23日付 Zaman紙


オスマン朝研究財団運営委員会委員長アフメト・アクギュンデュズ教授が、約35年間にわたり行ってきた「ベディユッザマン・ヌールスィーの系譜」研究を完成させた。

イスタンブルのWOWホテルで行われた記者会見で、アクギュンデュズ教授は、ベディユッザマン・サイード・ヌールスィーの母方はサイイド、父方はシャリーフの流れをくんでいることが、文書資料により証明されたことを明らかにした。研究がどのような結論を生むのかという質問に、アクギュンデュズ教授は「ベディユッザマンが預言者ムハンマドのような性格を有していたことは、(彼のことを)クルド主義、分離主義、、国家や軍の敵であると表現する人々の壁を壊しうる」と答えた。アクギュンデュズ教授は研究に関係のあるモースルの文書を調査したと述べ、「ベディユッザマンは父方がアブドゥルカーディル・ジーラーニーの孫ハサンの系統のシャリーフであることが明らかになった。またベディユッザマンの母ヌリイェの家系も、フサインの系統のサイイドであったことが明らかになった。このことを、すべてのオスマン朝文書が裏付けている」と語った。ベディユッザマンがクルド人であるという問題にも言及したアクギュンデュズ教授は、「現在、スィヴェレキに暮らす、正真正銘、オグズ部カユ氏族の流れをくむ(明らかにトルコ系の)カラケチリの人々をクルド人だと言うのなら、それと同じくらい、ベディユッザマンもクルド人だ」と話した。

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(翻訳者:門野淑香)
(記事ID:28659)