Mumtazer Turkoner コラム:トルコ民族主義の墓碑
2013年02月12日付 Zaman 紙

アルバニアのサリ・ベリシャ首相が、シェムセッティン・サーミーの墓を欲しがっているらしい。
フェリキョイ墓地に1904年に埋葬されたシェムセッティン・サーミーの墓を開けて、彼の痕跡と言う意味で、そこに残っている骨を、敬意を込めて集めて、アルバニアに送るなら、どうなるのか?

アルバニアで彼のために巨大な墓が作られ、また彼の遺体が盛大な式典と共にそこに移されるのは確かであろう。けれどフェリキョイ墓地で空になった墓はどうなるのか?それこそ我々が空になった場所に、「トルコ民族主義」を静かに無言のまま埋葬し、その上を土で覆わなければならなくなる。なぜならシェムセッティン・サーミーの墓が移されることに反対しないということは、トルコ民族主義がすでに死んでしまったということを意味するからだ。

新聞各社のアルバニア首相の要請に関するニュースの報道の仕方にさえ、この問題に関する無知さが色濃く表れている。偉大なシェムセッテイィ・サーミーを差し置いて テペデレンリ・アリ・パシャのガラタ・メヴレヴィー・ハーネの庭に埋葬されている頭が、全てのニュースで先に報道された。その頭を見つけることはできない;おそらく離れた場所に埋められていて今は結婚式場になっているタルク・ザフェル・トゥナヤ文化センターの建物の基礎の下にあるのだ。そのことはそれ程重要ではない、どこかから頭を見つけてそれをあげればいい。テペデレンリ・アリの反乱はギリシャの独立に貢献したので、記念廟建設には賛同が得られるであろう。しかし、我々はシェムセッティン・サーミーの墓は渡さない。トルコ民族主義者は別としても、我々はトルコ国民としてそれほど恩知らずで価値を知らない国民のままでいることはできない

どれほど紙面上の情報が「ガラタサライの創設者、アリ・サーミー・イェンの父親」で終わっているとしても、シェムセッティン・サーミーはトルコ民族主義の本当の創設者である。シェムセッティン・サーミーと彼の功績をトルコ国民が所有する「諸価値の館(墓)」から取り出したなら、そこには埋められない空白が生まれる。例えば、彼がつくった辞書『Kamûs ı-Türki』が書かれていなかったらと想像してみてほしい。そしてジェミル・メリチの「辞書とは、一つの国民の知性である、つまり国民そのものなのである。国民の情熱や、感受性、そして精神と共にあるものである」という言葉を思い出してほしい。辞書とは一つの国民の誇りなのである。これは初めての現代的辞書であり、つまり『Kamûs ı-Türki』は、トルコ語が独立した言語で、それ自体に一貫性のある言語であるというテーゼの下に作られている。彼は次のように語っている。「我々の言語(トルコ語)はとても美しい。世界で一番美しい言語と言っても過言ではない。美しくもあり簡単でもある。これは我々が獲得した最大の恩恵だ」(シェムセッティン・サーミー『我々の言語と文学』)

さて、アルバニア首相はどうしてシェムセッティン・サーミーの墓を欲しがっているのか。理由は実に明確だ。シェムセッティン・サーミーは同時にアルバニア民族主義の「父」でもあるからだ。イデオロギーとして、トルコ民族主義とアルバニア民族主義は彼の思想と作品に負うている。シェムセッティン・サーミーは「フラシェリ」という名字から分かるようにアルバニアのフラシェル村で生まれたアルバニア人である。彼の二人の兄、ナーイムとアブドゥルはアルバニアの歴史に置いて非常に重要な役割を果たした。ナーイム・フラシェリはアルバニア民族詩を確立した人物で、アブドゥルは最初のアルバニア語アルファベットを作った人物であると同時に初めてアルバニア語の文法の本を書いた人物である。『Kamûs ı-Türki』だけでなく、当時最も人気があった百科事典、6巻からなる 『Kamûs-ı A’lam』の著者も彼である。『クタドグ・ビリグ』や『オルホン碑文』の最初の注釈付翻訳も彼の業績だ。1904年に死去した際に未完成だった最後の作品は中世キプチャク語についてのものだった。一人の人間がトルコとアルバニア民族主義の両方の「父」にどうやったらなれるのか。この問いには、非常に明確で論理的で、更に魅惑的な答えがある。しかし、答えを見つけるために、自らをトルコ民族主義者とみなす人々があまり行きたがらない道に進み、努力する必要がある。努力し、正しい答えを見つければ、トルコ民族主義を身動きの取れない不毛の地から救い出す方法を見つけることが出来る、クルド問題をきちんと解決することも含めて。

シェムセッティン・サーミーの敬愛する遺体が移されることに関して。私は渡さないし、渡されることを阻止する。必要ならば、私は毎晩フェリキョイ墓地で寝る。「トルコ民族主義」を、シェムセッティン・サーミーの亡骸がなくなり、空っぽになった墓の中に埋葬することに反対する真のトルコ民族主義者たちも、私に続くと私は信じている。

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( 翻訳者:清川智美 )
( 記事ID:29248 )