村とはもう郷愁の世界のものだ:ドゥルスン・アリ・サズカヤとのインタビュー
2013年03月17日付 Zaman紙


リゼ県のヘムシンという小さな郡。おじいさんおばあさんがいて、手には織られた毛糸のセーターがあった、幸せな時代。私たちはアリ・サズカヤと黒海の人に焦点を当てた数少ない回想本のうちの一つである「戻れないのを思い浮かべよ」についてと、一年で3回増刷されたこの作品へのこの関心の理由について話した。

-同作品は出版から1年もたたないうちに3回増刷された。出版後に何が起こったのか?

私の周りの人たちの間で熱く受け止められたと言える。本を読んだ人たちは、自身の子供時代に戻り、忘れていたいくつかの記憶を思い出したと話した。ある意味、個人的・社会的な観点から意識の更新が起こったと言うことができる。

-この意識の更新とともに、小説や物語だけでなく、回想本も関心を持たれるということを示した。さて、これ以外に読者にとってこの本を面白くしているものは何か?

この根本的な原因を、この本が子供時代に力点を置いているところにあると見ている。なぜなら、人間の永遠の里は子供時代であり、簡単にそこからは抜け出せない。これ以外には、ラズ人やヘムシン人について、こうした特徴を持った本が以前は書かれていなかったことだ。テーマは読者にとってとても新しいものだ。ラズ人やヘムシン人についてはトルコではあまり知られていないことだ。例えば、ラズ語という全く違う言語があることは社会学者でさえ知らない。ラズ人やヘムシン人のような異なった文化的伝統を持つ二つの異なった民がここには住んでいる。歴史的にこれらの民は狭い地域で隣り合って暮らしてきたにも関わらず、相互の交流はかなり限られていた。言語、文化、エスニックが異なる二つの社会について触れた。他の社会的要因は、1850年代に始まったロシアからの植民である。このような問題が読者の関心を引いたと考えている。

-これを基に、地方の歴史への関心が増したと言うことができるだろうか?

もちろん、近年、地方史への関心はかなり増しているように見える。みな過去や家族、伝統に関心がある。[生活の]基本的な欲求が満たされると、人間は文化的な問題に向かう。地方の歴史に興味を持つことは、汎世界的文化[が求める]激しい強要への一つの答えである。本で説明したロシアの植民について、地方の人は新たに知識を得ている。すべての新しい知識は、人を過去と引き合わせる。

-ご著書で触れている、お母さんが織った毛糸のセーター、屋敷、おじいさん、おばあさんがいた時代への深い郷愁がある。「あの時代は違った」と言うようにおっしゃっている。もはや皆があなたのようにルーツを探し始めたのだろうか?

私はそう思う。過去は私たちの記憶だ。古い伝統的な生活のほうが楽しかったと思う。おじいさん、おばあさんのいた大人数の家族は、一種のリハビリ団体であった。東部社会の最も健全なものは家族だ。個人的に私のすべての感情と意識の地図は、おじいさんおばあさんのおかげでつくられた。昔の子供時代と今の子供時代を比較すると、以下のことがわかる。現代は、コントロールできず、変えることができないすべてのものを、時代遅れ、社会の[規範]外のものだとする。子供時代さえも だ。自然でありのままなものに我慢できない。生産と市場化のサイクルの一部にするために、子供たちに小さいうちから人工的で形式的な遊びを強制する。本では現代への批判も見ることができる。かつての日々、時代はよりやさしくて楽しかったと思う。本を通じて子供時代や大雨の下でホロンを踊ることを推奨している。村の生活はもう疑いなくなくなったが、そこはまだ安息の場所であり、村々は子孫たちを悲哀をもって待っている。

-「故郷は、もはや年寄りの懐かしむ天国となった」とおっしゃる。あらゆる子孫はいつかその安息を求めるとき、村に向かうのだろうか?

子孫がおじいさんの暖炉をにぎやかにすることを心は望んでいる。ひとりぼっちになった屋敷、茶畑、高原の家を訪ねて見てほしい。悲哀の光景となった村が、昔の空気にめぐりあうようにと、誰が望まないだろうか。しかし現代の生活は人々にこれをさせない。残念ながら村はもう郷愁の世界のものだ。少なくとも、そこで 生まれていない、堀に転げ落ちたことのない、ホロンを踊っていない、高原への移動を見ていない新しい世代が帰ってくることはあまりあり得ることではない。しかし 村、高原、流れの激しい沢は記憶の更新の場所である。過去の神秘に満ちた文化にちょっとであれ近づけさせる。私たちの地方で100年以上続く移民の出来事がある。去った人は歳をとってからようやく戻ることができる。このためカチカル地方には非常に寂しさと悲哀がある。なので、私たちの家を悲哀で朽ち果てるような場所に してはならないのだ。

Farzet ki Dönemedim (Kaçkarlara Sığmayan Hayatlar) / Dursun Ali Sazkaya Okur kitaplığı, İstanbul 2012

(本記事はAsahi 中東マガジンでも紹介されています。)

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(翻訳者:菱山湧人)
(記事ID:29507)