シリアのクルド人、アレッポで自由シリア軍に協力か?
2013年03月31日付 Radikal 紙


シリアが流血をともなう内戦状態に陥って以来、反政府武装勢力と距離を置いてきたクルド人グループが、アレッポで自由シリア軍と共に行動を始めたとみられている。

2011年3月に平和的なデモで始まったものの、すぐに流血をともなった内戦へと変貌したシリア内乱のプロセスにおいて、とくに北部で均衡を崩すような「展開」が起こっているという見方が徐々に強まっている。内乱の初期から、体制側とも反政府武装勢力とも等距離を保ち、多くの都市や町で一発の銃弾を用いることなく支配権を獲得してきたクルド人グループが、内戦が続くアレッポで、シリア軍に対して自由シリア軍と共に行動を始めたことが明らかにされている。

アレッポでクルド人が多く住むシェイク・マクスード地区で、体制派と反体制武装勢力との間の衝突が続く中、クルド政治の重要な勢力を形成する民主統一党(PYD)配下の武装集団「人民による防衛同盟(YPG)」も、自由シリア軍と共に行動を始めたとされている。

これによると、一時PYD/YPGの支配下にあったシェイク・マクスード地区に、自由シリア軍もクルド人グループの許可と了解のもと入った。自由シリア軍に属する兵士が、シェイク・マクスード・モスクのイマームであったハサン・シェイフェッディン氏を、「革命を支持しなかった」という理由で殺害し、地区に住むキリスト教徒がアレッポの他の地区に逃げたことも、伝わってきている。

Daily Star紙がアレッポ・メディア・センターの活動家から得た情報をもとに報道したニュースによると、自由シリア軍とYPGの戦闘員がシェイク・マクスード地区で共に活動していることが明らかにされた。

■ANF:シリア軍の虐殺

PKKとPYDに近い筋から情報を得ることのできフラト通信(ANF)も、シェイク・マクスードで起こった衝突の後シリア軍が行った砲撃で4人の子供を含む10人が死亡したとしている。

ANFのニュースでは、(これは)「自由シリア軍に属する武装グループと、バアス党政権(シリア政府)の勢力との間で起こった衝突」と言われており、武装したクルド人グループが衝突に参加していないことが暗示されている。しかし同通信社がシリア軍と体制派勢力に対して以前よりもはっきりと批判的な言葉を使っていることは無視できない。

PYDは、アレッポにおけるクルド人地区を支配下に入れてから今まで、自由シリア軍や他のイスラム勢力に対し、この地区へ入る許可を与えていなかった。セレカニイェとテル・アブヤドのようなトルコ国境に近い一部の町でも、支配権がクルド人グループに移って以来、特にヌスラ戦線に属する戦闘員との間で、長い間流血を伴う衝突が起こっていた。アレッポでも最近では3月19日、YPGの支配地域に対し自由シリア軍の攻撃が行われ、3人のクルド人戦闘員が死亡している。

(本記事はAsahi 中東マガジンでも紹介されています。)

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( 翻訳者:菱山湧人 )
( 記事ID:29590 )