アスマルメスジト「Yakup2」名物オーナー・アスラン氏、往く
2013年04月03日付 Radikal紙


ベイオールの老舗ヤークプ2のオーナー、ヤークプ・アスラン氏(63才)が、昨日(4.2)、入院中だったアジュバーデン・フルヤ病院で亡くなった。63才だった。アスラン氏でアスマル・メスジト地区で追悼式が行われた。

追悼式では、参加者はアスラン氏の写真を胸につけた。アスラン氏の棺は13時ごろにアルマルメスジト通りにある、彼のレストラン、ヤークプ2の前に運ばれた。式には息子のウフクさん、ユルドゥライさんも参加した。棺はレストランの中庭におかれたのち、皆が清算の辞(注:葬儀での決まり文句)を述べた。この時、彼を愛する人々は涙をとめることができなかった。祈りののち、ヤークプ・アスラン氏の棺はズィンジルリクユに運ばれた。昼の礼拝ののち、ズィンジルリクユ墓地で埋葬される。

特にメディア関係者や文学関係者が多く集まった彼の店は、アスマル・メスジド通りのシンボルとして知られている。壁には、過去から現在までの常連客だった著名な芸術家、文学者や新聞関係者らの写真や映画のポスターが飾られている。追悼式に列席した俳優のアフメト・セゼレル氏は、「アスマル・メスジド通りの重要人物だった。トルコにとっても、大事な人だった。冥福を祈ります」と語った。

■彼のための曲が作られた

音楽界で「音の魔術師」の愛称で知られるハンブルグ出身のドイツの音楽家デトレフ・グラネルトは、1989年にベルリン・シンフォニーの奨学金でイスタンブルに滞在していたことがある。このとき、ヤークプ2の常連となったグラネルトは、その後、多くの賞をとる成功をおさめた。多くの交響曲や室内楽を作曲したグラネルトは、ヤークプ2のために、「ヤークプ2―待ち時間」というコンチェルトを作曲した。

Tweet
シェア


この記事の原文はこちら
原文をPDFファイルで見る
原文をMHTファイルで見る

 同じジャンルの記事を見る


(翻訳者:トルコ語メディア翻訳班)
(記事ID:29610)