次は食文化の点でもクルド問題解決を
2013年04月14日付 Radikal紙

クルド人の感受性を考慮して、「トルコ料理」ではなく「トルコ国料理」と言おうではないか。そして、「クルド料理」と言うことを避けてはならない。

私たちは長年、言語や文化と同様、アイデンティティーの一部であるクルド料理、クルド食をないものとしてきた。共和国のイデオロギーとともに、私たちはアナトリア料理を、地域を、あるいは都市を基盤にしてきた。エーゲ海料理、アンテプ料理、セフェラド料理、黒海料理、チェルケス料理、ハタイ料理とは言うが、私たちのほとんどがスィイルトやディヤルバクル、ウルファ料理がクルド料理に関係するものとは思っていなかった。「アナトリアの民族料理」と言うがその民族には名前がない。今日までに書かれた料理本の中では、トゥールル・シャヴカイ氏による「私たちの民族料理」という二冊からなる本で、一度「クルド・キョフテ」という名称が出てくるのみだ。

しかし、地域による違いはあるが、時とともに忘れられ衰退しようとも、かつて豊かなクルド料理があったのだ。
また、クルド人が集住している地域で数世紀にわたって作られてきた、クルド語の名前を持っている料理に、クルド料理と名付けるのは至極自然なことではないだろうか?
もちろん移住や貧困、圧迫の時の中でクルド料理が衰退していったことは一つの事実である。村や町から移住を余儀なくされた人々が、地元の食材を手に出来ないために、伝統的な食事が時とともに忘れられているのだ。
あるいはアイシェ・クダト氏が著書『クルド料理では何をつくるのか』で触れたように、クルド料理レストランがオープンしなければ、料理というのはどうやって発展すると言うのか?

今後クルド料理についての人類学的研究がなされると私は確信している。調理技術学院が出版した「食文化用語辞典」には多くの不足があるが、初めてクルド語の料理名にページが割かれた。
私たちもクルド人の感受性を尊重して、トルコ料理でなくトルコ国料理と言っていくべきだ。時が来たらクルド料理と言うことを避けてはならない。そして最も重要なことは、一部のフードライターがやっているように、冗談とはいえ、「クルド料理なんてあるのか」などと言わないようにしよう。

■料理の種類

カブルガ・ドルマス、ビュルヤン、クッバ、グラル、シェクスメシュヒ、サルヒイェ、オロク、ハルプト・キョフテスィ、ヘリムアシュ・チョルバス、ベイラン、プルティケ、ケレドシュ、アブディゴル・キョフテスィ、キュバブ、カヴト・タトゥルス、グルディケン、チリショトゥ・カヴルマス、タプラマ、セルビデヴ、ペルデ・ピラヴ、ビシ、グラル、グロル、パティレ、サルヒイェ、スィルゲリ、クスルメジキ、クテル、トゥルシュクなどがクルド料理である。
「kurtyemekleri.net」というウェブサイトではこうした料理のレシピが、多くはトルコ語訳付きで掲載されている。
また、以下の本では、クルド料理や文化についても情報が得られる。
アイシェ・クダト著 『クルド料理では何をつくるのか』 ドアンキタプ社 2010年
ジェムシド・ベデル著 『クルド料理文化とクルド料理』 ベルフィン出版 2003年
フアド・ラフマン著 『クルド食文化』 アヴェスタ出版 2009年


(本記事はAsahi 中東マガジンでも紹介されています。)

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(翻訳者:小川まどか)
(記事ID:29680)