エルドアン首相、「私は王様ではない」
2013年05月30日付 Milliyet 紙

エルドアン首相はアーチェリー施設の開所式でスピーチを行い、『首相(たち)の中の王さまは、カスムパシャの人!』という歓声に対し、「私は王様ではない。国民の票により任務に就かせてもらった1人の首相に過ぎない。あなた方への奉仕者である」と述べた。

 エルドアン首相はオクメイダヌ(「矢の広場」の意)を再び矢と寄り添わせたと説明し、「歴史においてそうだったように、今も将来もオクメイダヌがその名に相応しくアーチェリー界の中心地となることを願う」と述べた。

 エルドアン首相はオクメイダヌ・スポーツ教育財団スポーツ施設の開所式でスピーチを行い、この日イスタンブルでは3つの大きな興奮が、過去・現在・未来に関わる3つの大きな歴史的事件が起きているとした。過去に関する大きな興奮とはイスタンブルが560年前の今日、征服王スルタン・メフメトにより征服されたことであり、未来に関する大きな興奮とはボスポラス海峡に建設される、ヤヴズ・スルタン・セリム橋の起工式が今日行われたことである。首相は2年後に第3の橋梁が開通する予定であることを明らかにし、現在に関する興奮は開所式が行われている場所で今まさに起きているとし、オクメイダヌの歴史が再び日の目を見、アーチェリー財団やスポーツ施設を完成させることでイスタンブルに、トルコに、スポーツの重要な施設を獲得させたことであると述べた。

■15年間サッカーをした

 首相は施設の作られた場所は自身にとって特別な意味のある場所であり「この場所はまさに石と土ばかりの所だった。ここで15年ほどサッカーをした。子供時代をこの辺りで過ごした。そもそも家が、生まれ育った場所がすぐそこで500メートル裏の方だ。そこで生まれ、そこで育った。子供たちをそこで育てた。4人の子供を授かったのもここカスムパシャ・カプタンパシャ地区だ」と話した。
 また施設が作られた場所がかつて桑の林で現在のような住宅がなく、標的の石があった時代を知っているとし、現在ではそれらの石が26個しか残っていないと述べた。「征服王スルタン・メフメトの軍隊はここから戦いに出かけた。またここで矢を射った。そして今歴史が動き出している」と述べ、歴史を今日まで継承したアーチェリー財団に謝辞を述べ、この施設が国にとって有益なものとなるよう期待した。

■誇りに思う

 首相はトルコ人で初めて欧州ジュニアチャンピオンとなったアーチェリー選手のクラックスズ所属ユジェル・ジャヴカイタルに対し冥福を祈り、この施設で歴史がつくられるとともにスポーツの連帯や寛容さ、スポーツマンシップに基づく競争が促進されていくと述べた。またイスタンブルの征服から560周年という年にこのような素晴らしい施設をイスタンブルが獲得したことを誇りに思うと言い、征服王スルタン・メフメトが560年前の5月29日の朝にイスタンブルに入った際に総主教や人々の安全で自由な生活を保証し、誰にも手を触れてはならないこと、生活様式や信仰、自由を脅かしてはならないことを命じたと話した。

 さらに「我々の文明においては征服とは単に土地や国、都市を手に入れることではない。同時に心を手に入れること、心を征服することだ」と言い、トルコ共和国の基礎を形作ったオスマン世界帝国は、支配したあらゆる場所、あらゆる地でまず心を手に入れること、まず人々の心に銘記されるのを重要視し、そのために努力たと述べた。

 首相は開所式の参加者から『首相(たち)の中の王さまは、カスムパシャの人』という歓声が上がると、「しかし私はもちろん王様ではない。国民の票により任務に就かせていただいた1人の首相に過ぎない。あなた方への奉仕者であり、主人ではない」と答えた。今から約550年前に創設された、初のスポーツクラブの1つであるアーチェリー財団スポーツ教育施設は1万8千平方メートルの敷地に作られた。時が経つにつれサッカーの遊び場になってしまったアーチェリー道場は再び本来の姿に戻った。この施設にはオリンピック競技場、選手の更衣・控え室、図書館や博物館がある。


(本記事はAsahi 中東マガジンでも紹介されています。)

Tweet
シェア


この記事の原文はこちら
原文をPDFファイルで見る
原文をMHTファイルで見る

 同じジャンルの記事を見る


( 翻訳者:小野里ゆみ )
( 記事ID:30145 )