エジプト:ふたつの相矛盾する放送の伝えるエジプトの座り込み排除
2013年08月17日付 al-Hayat紙
軍に投石するラービア・アダウィーヤのムルスィー支持者
軍に投石するラービア・アダウィーヤのムルスィー支持者

■ふたつの相矛盾する放送の伝えるエジプトの座り込み排除

【カイロ:アミーナ・ハイリー】

革命の際、エジプト人はその二つのバージョンを刻一刻、テレビ画面で追ったが、それと同じように、ラービア広場とナフダ広場の座り込み排除についても、人々は二つのバージョンをテレビ画面で追った。革命の最中も、片方のバージョンが他方をうそつきだと非難し、実際に起きていることをゆがめていると訴えたのと同じく、座り込みおよびその後の出来事についても、両者は非難し合っている。

エジプトの大地は、数百のカメラ、数千のテレビ中継の目撃者となった。それらは国民を二つに分断し、統一性を粉砕し、椅子をめぐる死闘へと駆り立てたあの二つの座り込みの排除の映像を電波に乗せて世界に伝えたのである。

視聴者の椅子

テレビ視聴者の椅子あるいはソファーこそが、もっとも力を持ち重要な椅子である。それはエジプトの事件を追う作戦本部である。ここから、さまざまな方向性が形成され、多様な意見が生まれ、異なるイデオロギーが作られ、真実が明らかになることもあれば、ねじ曲げられることもある。

排除の最初の瞬間を撮影するために、すべてが存在した。衛星放送のカメラは準備万端で、その当日は広場のすぐそばから、そして周囲の建物の屋上からのレポートで放送を開始した。(ナフダ広場の座り込みの方は周囲に建物がないので異なるが。)

注目すべきなのは、座り込みの数週間にわたってずっと、カメラ、レポーター、衛星放送を含めたテレビ中継の機材が座り込みの内側にいたという点である。それはまさに、これらのテレビ局が放送することと、座り込みを行う人々の目的および願いが一致していたことによる。つまり、座り込みの側は、国営放送局の中継車を奪い、CNNやアル=ジャズィーラ、クドゥスなど座り込みを支持する「友好的な」チャンネルを選択し「正統性とシャリーア」に役立ち適切と彼らが判断したものをネットワーク網に流すというように、彼らは内側から放送の機材とそしてチャンネルとを動かす術を作り出していたということである。

座り込み側の「国家」の外にあるメディアの報道に対抗する、座り込み側のメディアが流す映像は、極めて不明瞭で矛盾に満ちたものであり、多くの望まれない結果を予想させることになった。

というのは、エジプトの国営放送局および民間放送局のカメラは、まず拡声器を使った座り込み側に対する警告から、排除のようすを伝え始めた。その警告とは、(当局が)法的な問題等に関し指名手配されている者を除いて手出しをしないということ、そのうえで決められた通りを通って安全に外へ出るよう呼びかけたものだ。そして催涙ガスの段階を経て、最後に何時間も続く排除の様子を伝えた。

その一方、(理由は同胞団への帰属であれ、国際的な同盟関係であれ、実務的な目的であれ、)座り込みに友好的なテレビ局は「平和主義的な」座り込み参加者の映像を流していた。選挙で選ばれた最初の文民大統領の写真を掲げ、シャリーアの堅持を訴え、コーランを手にし、正統性を強く訴える人々という映像である。ただ奇妙なことに、これらの(友好的な)局は「平和主義的な」座り込みのテントのなかにある銃、ナイフ、火炎瓶の類の映像は流し忘れていた。また同じように奇妙なのは、彼らの「平和主義的な」デモで(小道具として)使われた木の棺桶(かんおけ)の中に入っていたものについても放送していなかった。それらは機関銃、自動小銃、カービン銃など、彼らが「殉教計画」を立てていたことを示すものだったのである。

(後略)



本記事はAsahi 中東マガジンでも紹介されています。

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(翻訳者:八木久美子)
(記事ID:31200)