トルコ映画の中の異教徒
2013年09月07日付 Hurriyet 紙


ディダラ・バルジュ氏は、「イェシルチャム(トルコ映画界)で疎外された人になること」という名前の本で、トルコ映画で異教徒の市民がどのように象徴化されてきたか、そして典型的な配役の背景にある疎外化について分析している。しかし、映画会社から監督、役者、照明、プロデューサーにいたるまで、各部門の重要な名人たちは異教徒出身であった。

■家なしや家族なしも一つの象徴化!

映画ではあらゆる階層のムスリム・トルコ人家族が家を象徴する一方、非ムスリムの生活場面は大いに視野から落とされた。多くの映画で非ムスリムの人物が、多くの場合、仕事場、娯楽の場で、そして家の外の場所で現れるのはこの一例である。ほとんど、どのギリシャ人もアルメニア人もユダヤ人も、家で家族とともに、日常生活を過ごしている様子は示されない。

■ギリシャ人だって?絶対に売春婦だ

オスマン朝時代に放映された映画で、アルメニア人とギリシャ人の人物の主な職業は、娯楽場の歌手と役者だった。該当時期の映画ではギリシャ人の女性は大抵、売春宿で働き、アルメニア人の女性は多くが酒場で歌手をしているのが見られる。これとともに、興行人や音楽家であるアルメニア人の登場人物にも会うことができる。特に1960年から80年の間に撮影された映画で最初に目を引くものは、ギリシャ人女性へのネガティブな役の割り当てだ。ギリシャ人女性の性は、他の非ムスリム女性の人物に比べて、より前面に押し出されていた。その上、これらの人物が体で金を稼ぐことが特に強調されていた。要は、イェシル チャムの映画でギリシャ人女性は、潜在的な売春婦であった。これに合わせて映画で見られるギリシャ人女性は売春宿経営者/斡旋者、売春婦、密輸業者をやっているのが見られる。

■おい、注いでくれ、親父!

調査された映画で見られた26人のギリシャ人男性の人物のうち8人は酒場や食堂の主人、4人はボーイやバーテンであるのが見られた。イェシルチャムの映画で、イスタンブルのコスモポリタンな構造や、ギリシャ人の酒場文化の中での位置を強調する目的で、酒場の主人をするギリシャ人の像が特に頻繁に示される。ギリシャ人である酒場の主人は、多くは映画の中で重要ではない登場人物の域をでない。

■立ち振る舞いを非ムスリムから学ぶ

行儀や作法の教師は、外国のソースの脚色の結果イェシルチャムに入り、コメディー映画で多く使われた職業である。これらの映画で田舎から都市に出て来た、もしくは都市の郊外地区に住み、その後発見された人物は、作法の教師から教育を受けた後、貴婦人あるいは紳士になる資格を得る。カジノのオーナーが若い女性を育てるためにつけた行儀作法の先生のなかには、非ムスリムもいる。

■ある友情の物語:三人の友達

イェシルチャムの映画で、フリサントスのようなトルコ人の敵と並んで、稀ではあるがトルコ人と友好関係を築く、誠実で思いやりのある非ムスリムの登場人物もいる。友情、愛、兄弟愛のメッセージを伝える「三人の友達」という映画は、同じ家に住む二人のトルコ人と一人のアルメニア人の友情を描いた大変少ない例である。映画では古く所有者のいない離れに住む、稼いだ僅かなお金を分け合い、晩ご飯に一杯のめん入りスープを食べて幸せになるムラト、アル ティン、ムストゥクという名の3人の友人の物語が描かれる。

■すべての悪事の象徴:フリサントス

イェシルチャム映画でギリシャ人は、非ムスリムグループの中でも最も嫌われた人物である。ギリシャ人に対する敵意はオスマン朝時代や国民闘争時代を描いた映画で一層鮮明になる。その時期を描いた映画に登場するギリシャ人男性のすべては、メガリ・イデアのために戦う武装集団のメンバーとして描かれていた。当初から今日までトルコ映画に登場する大変数少ない歴史的非ムスリムの登場人物のうちの一人は、イスタンブル占領時代に生きた、多くのトルコ人警官を殺したことで有名なごろつき、フリサントスである。独立戦争をテーマにした多くの映画でフリサントスは恐怖と憎悪で語られ、年を経るにつれフリサントスに与えられるネガティブな特徴はますます増加していく。キプロス問題が過熱した年に近づくにつれ、映画の中身も過激化し、フリサントスのキャラクターも、ごろつきで殺人者であることを超えて悪魔のような特徴が与えられる。

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( 翻訳者:菱山湧人 )
( 記事ID:31395 )