イラン新体詩の父ニーマーを偲んで:新詩形への嘲笑と詩人の信念
2013年11月12日付 Mardomsalari 紙


【同紙13面】本日アーバーン月21日(2013年11月12日)は、ニーマー・ユーシージの誕生日である。彼はペルシア語新体詩の父と称されながら、その詩と生涯は、事実上彼の追随者だった者たちに比べても知られていない。

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 ニーマー・ユーシージとして知られる アリー・エスファンディヤーリーは、イラン歴1276年(西暦1897年)アーバーン月21日、マーザンダラーン州のノウシャフル県キャジュール郡に近く、ヌール県バラデ郡内に位置するユーシュ村で生まれた。
彼の父であるエブラーヒームハーン・アッザーモッソルタネはマーザンダラーンの古い家系の出身で、農業と牧畜業で生計を立てていた。

ニーマーは村のイスラーム法学者の下で読み書きを学んだ。彼は12歳になるまで故郷ユーシュ村の自然の中で暮らし、その後家族とともにテヘランへと移り、セント・ルイス高等学院で学ぶ。ニーマーは学校では、引っ込み思案な少年だった。その当時、ニーマーの詩作を導き、励ましてくれたのは、ネザーム・ヴァファー[同学院の教員で詩人]だった。ニーマーはこの時期にフランス語も学び、[伝統的な詩作様式のひとつである]ホラーサーン・スタイルで詩を書き始めた。

 ニーマーはセント・ルイス学院を修了すると、財務省で働いたが、しばらくしてやめてしまった。彼は自身のこの時期について書き記している「私はこの時期のすべてを都市で過ごした。あまり私の性に合わない仕事ばかりしなければならなかった。」

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 ニーマーは1300年(西暦1921年)、『冷たい色あせた物語』という30ページの処女作を、作詩から一年後に自費で30冊出版した。そして、1301年(西暦1922年)には、事実上イラン新体詩の礎となった作品『アフサーネ』[※]を、ミールザーデ・エシュギーが発行していた雑誌『20世紀』に連載する。

※訳注;「アフサーネ」は神話・伝説を意味し、同作品は、詩人自身でもある「恋する者」と「アフサーネ」との対話からなるロマン主義的長編詩。稀な詩形を一部破格の形で用いた。次のような詩句などが知られる。

私は 乱れを知らぬ心には見えぬ者
天空を彷徨いし者、
時からも地からも取り残されし者、
私は何者であれ、恋する者たちの傍らにいる
おまえが語るものこそが私、
おまえが望むものこそが私なのだ。
   「アフサーネ」、鈴木珠里ほか編訳『現代イラン詩集』より

彼は『アフサーネ』の序文で自らの詩の構造についても、信念をもって力強く説明した。ニーマーはこの序文の一部で述べている。

もし詩の構造[詩形]のいくつかが、たとえば[押韻を各対句ごとに変えることができる]マスナヴィーのように、その広がりを通じて、ある出来事の説明やあるテーマの描写において、あなたの心臓[感情]や考えが鼓動を打つごとに躍動できるような自由を与えてくれるなら、この(新体詩の)構造[詩形]はその何倍もの利点をもっている。この構造には非常に包容力があり、あなたの表現したいと思っていることをそのなかにいくら入れても、それを受け入れてくれるのだ。 (中略) この構造[詩形]と古い構造[詩形]との違いを是非知ってほしい。

 ニーマーの詩[とくに『アフサーネ』]の出版は、伝統的な古典スタイルを奉じる詩人たちの反発を呼び起こした。そして出版後にはニーマーを馬鹿にしたり嫌がらせを言ったりする者たちもいた。しかしニーマーは自らの進むべき道に対する驚くべき信念のもと、詩を書き続けペルシア語新体詩の基礎となる形を模索し続けた。

彼はありとあらゆる嘲笑や反発などの反応について書いている。

私は少なくとも彼らの慰みや笑いの種を提供することができていたのだ。これはこれでひとつの芸術というものだ。むしろこの手法こそが何年か後に彼らを導くだろう。私の詩は二つの働きをもつもので、長いパイプの役割を果たしている。すなわち、パイプであると同時に、歩くときには杖になるのだ。

私は全く苦痛に思っていない。彼らがつけてくる難癖に考え込んでしまう代わりに、私自身の信念[である詩形]に対する確固たる自信をもって詩を書こう...民[読者]は海である。あるとき静まりかえっていたしても、やがて突如として湧き立つときがくるのだ。


ニーマーはついに成功を収めた。彼が思い描いていたペルシア詩における革命を、勝利へと導いたのだ。新しい詩形を、ニーマー詩形又は新体詩の名でペルシア文学において確立したのだ。
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ペルシア新体詩の父はやがて、1338年(西暦1960年)デイ月13日にこの世を去った。ニーマーの遺体は初めテヘランのイマームザーデ=イェ・アブドゥッラーに埋葬され、その後1372年(西暦1993年)、彼の遺言に基づいて、故郷ユーシュ村の彼がかつて住んでいた家に移された。
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( 翻訳者:8410128 )
( 記事ID:32107 )