ハーカン・シュキュル議員、ギュレン教団問題からAKPから離党
2013年12月16日付 Hurriyet 紙


デルスハーネ(私塾)閉鎖問題をめぐって公正発展党で続く緊張は、ある衝撃的な離党とともに新たな段階に移った。タイイプ・エルドアン首相と親しいことで知られる国民的サッカー選手、ハーカン・シュキュルイスタンブル県選出議員が政権政策に対し強い批判を行い、公正発展党から離党した。

キュタフヤ県選出のイドリス・バル議員が懲戒処分をうけ離党したことにつづき、シュキュル氏の辞職(および離党)は公正発展党において2度目の議席減となった。国会で昨夜何時間にわたりドーピング検査委員会の任務に参加したシュキュル氏は辞職(離党)発表を、フェトゥフッラー・ギュレン教団に近い出版機関の一つジハン通信社を通じて、夜突如告げた。この文面による発表の前に、シュキュル氏がエルドアン首相とも会っていたともいわれている。シュキュル氏の離党により公正発展党の議員数は325人に減少した。政治生命を無所属で継続すると述べたシュキュル氏は、発表において以下の見解を示した。

■「組織örgüt」非難に向かっている

「デルスハーネ問題で始まったプロセスにおいて呈された意味のない態度は、かなりの数の良心的な人々を傷つけた。以前は、いくつかの決定で、反発が示されるや、それらを再考するという柔軟さを示していたエルドアン大統領が、今回の問題に関しては、あらゆる強硬な説得、叱責、要請に耳を貸さないことに私は理解ができない。デルスハーネが、私のいる環境で(私がいる中で)、クルディスタン社会連合(KCK)構造になぞらえることは、謝罪は別として、こうした発表に対し親愛なる首相と党幹部が反発を示さないことは、私の気持ちを大いに傷つけた。デルスハーネを閉鎖するという弾圧、そこに帰属する者たちが国家の役職から外されるような弾圧、そしてわが党幹部によって非道徳であるとのレッテルを貼られ、こうした弾圧に屈している人々も、この国の国民なのです。とりわけ新たに流布させられようとしている「組織örgüt」という単語が、このボランティア的活動(訳者註:ヒズメット運動/奉仕運動)に対して用いられようとしている、その意図は、単なるデルスハーネの閉鎖ではないと皆が考えています

■師(ギュレン師)への中傷

社会の一部で流行り言葉のようになっている、「彼らの一部は幸せになるや、変わった」との表現が、ヒズメット運動(奉仕運動)に関わる人々を暗に示すような解釈がなされてきた。私は親愛なる首相がこのような悪意を持っているかもしれないなどと思いたくはない。そのわずか20㎡の広さの粗末な部屋で、15年もの間異国での暮らしをおくっている建物が、そして訪れる人々をもてなすための寄進によるその建物が、とある一部のメディアによって無慈悲にも「大邸宅」かの如く報道された、「尊師」は心穏やかである(優雅に暮らしている)とでも言うのでしょうか?

この国民と人道のためにのみ尽くしているこの運動の、何百万もの善意の一つとしてのヒズメット運動にそして尊師に対する敵対的な態度を、そして根拠のない中傷を、そしてすべての侮辱を私が一身に受けます。親友だと思っていた多くの周囲の人々が、この「教団根絶」の合唱に、積極的にあるいは圧力をかけられて加わっていたのを、あるいは何も言わないでいるのを私は見ている。これも残念なことに私を深く悲しませている。師のもとを何回も訪問し、様々な会合に、オリンピックに加わり、いい時はヒズメット運動に称賛を浴びせた人々が突然黙ってしまったことは、非常に驚くべきことです。不正に対して黙ることは言葉の無い悪魔だと私よりもよく知っていると信じていた親友が、実際行われている不正や中傷に反対する態度をとらずに、黙秘を選択したことは理解できることではない。私がここの決意を表したのち、私個人に関するネガティブキャンペーンが始まることは分かっている。スポーツ選手としての時以来、同じようなことを何度も経験したので、この状況に慣れっこです。」

エゲメン・バウシュEU大臣は、トルコ新聞・ラジオ・テレビ(TGRT)で出演した番組において、シュキュル氏の離党についてコメントした。「親愛なる首相も彼を高く評価していました。多くの議員には見せなかった懇意や親愛の情を彼には見せていました。私は驚き、悲しくおもいました」

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( 翻訳者:池田桃香 )
( 記事ID:32326 )