Etyen Mahçupyanコラム:首相巻き返し―驚く結果になるかもしれない
2013年12月29日付 Zaman 紙

収賄疑惑が、100%でっち上げだと考える人は誰もいない。最終的には、個人がその不道徳さで、あるいは、組織が組織的不正で裁かれる司法のプロセスに進むことになる。そのいずれになるにせよ、政府には打撃だ。

さらに、現場で司法の手足として働く警察官は上官に報告しなくてはいけないとした通達は、なにか言い訳のできるものではない。AKPは、これにより、自分たちが自らおこなってきた改革を後退させたことになった。この通達は、(行政裁判所により)棄却されたとはいえ、こうしたやり方は政府の権威を貶める。このような殴られたら殴り返すというような反則含みの殴り合いでは、問題は、どちらの側がどの程度傷つくかではなく、(傷を)修復する機会、ないしはその力があるかないか、である。もし政府が、収賄捜査の結果を受け止め必要な対策をとることを宣言し、その一方で、この警察・司法に対する(上記の)通達の理由を説明し、社会にこの変更の必要性を説得できたならば、このプロセスから、想像されている、あるいは期待されているのとは逆に、傷を負わずに脱却することができるだろう。

忘れてはいけないのは、これから続く一連の選挙は、社会の大多数にとって、収賄が本当かどうかより、あるいは、(政府の)司法への介入という問題より、より重要だ。不正も、通達も、「一過性」の要素だ。3年後には、何の影響も残さない。しかし、選挙は、トルコが変化にむけて、真の変化をとげようとするのかどうかを決める。別の言い方をするなら、次々に行われる今後の選挙は、この国の運命を少なくとも10年は決める影響をもつものとなる。

それゆえ、政府の過ちや弱点がどれほど重要なものとみえようとも、社会の多くにとってより重要な問いは、将来がどうなるのか、この将来をだれに託すのか、である。この点で、地方選挙でAKPが得る票は、その後の選挙の雰囲気と、反AKP陣営の自信に影響し、考えられる連立が、様々な国内外の勢力により支援されるという方向に道を開きかねない。この図式は、地方選挙が、単なる地方選挙を超える選択の瞬間であるという事実をつきつける。今のこの抗争プロセスは、地方選挙を、その本来の性格から遠ざけ、おそらく首相は、意味の変化をより強調する戦略をとるだろう。なぜなら、問題をなるべく広いものだとみせ、その背後関係を深いものだとすればするほど、収賄事件のもつ重さが、見かけの上では、減っていくからだ。社会の見方を、AKPに味方する見方へと誘導することができる。

実際、エルドアン首相は、ゲズィ・プロセスで学んだことを、今、ふたたび実行しようとしている。起きている事件の意味を広げて解釈しようとするにとどまらない。自分に向けられた脅迫を、トルコの、すなわち、社会の、普通の人々に害を及ぼすものだと説明する。この脅迫が、国外の勢力から支持された計画の延長戦上にあるとさえ言い出すほど、自分の位置を、国そのもの(ミッリー)だと説明する。そして、AKP政権を追い落そうとする反対勢力を、国を考えない(ガイリ・ミッリー)ものに貶める。ハルク銀行捜査が、ほかの捜査と一本化されていること、この銀行が一種の「中央銀行」の機能をはたしていたことが、首相の信ぴょう性を補強している。

トルコが豊かになり、世界と一体化し、このプロセスで誇りのもてる国となることを望む一般の選挙民にとって、この戦略は、かなり有効であると思わなくてはならないだろう。もし、これに対し、たんに「不正反対」といった戦略で臨むなら、結果は驚くべきものになるかもしれない。エルドアンがもともともっている優位さは、反AKP陣営が、保守的でハイブリット化した大衆に対してもっているマイナスのイメージだ。

社会の50%を超える人々は、何があろうと、この10年で手にしたものを失いたくないと思っており、この恐れを心の奥深くで感じ、このような恐怖感のもとで、集団的にAKPに投票するだろうと想定することは、現実的な判断だろう。収賄捜査のタイミング、(いろいろな事件が)一括捜査とされたこと、この中にファーティフ区市長に関する、おそらく信ぴょう性がないと思われる「タンポン」捜査も含まれていたことは、首相の、「本当の目的は何なのか?」の問いが、選挙民にとっても、問題を政治的なものに見える理由となっている。もし、起きていることの本質が「政治」ならば、選挙民の答えも、「政治的」になることは、明らかだ。とくに、こうした問題を論評するに際し、不正の問題だけをとりあげ、政治面に触れようとしない人々は、より「政治的」だと、受け取られる。


問題が、何がトルコのためになり、誰がトルコの将来をになうのか、という点になると、AKPは今なお、ライバルのいない状況だ。結果が、第二のゲズィ・プロセスとなる可能性も強い。つまり、まず、一種の「革命」の夢、つづいて、AKPの強固な力を前にした「失望」だ・・。



本記事はAsahi 中東マガジンでも紹介されています。

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( 翻訳者:トルコ語メディア翻訳班 )
( 記事ID:32432 )