ギュナイ元大臣、離党の理由を説明
2013年12月29日付 Radikal 紙

エルトゥール・ギュナイ元大臣は、公正発展党からの離党要請により規律委員会に送られ、その後除籍を待たずにトルコ大国民議会での会見で離党を明らかにした。その際に離党の裏で起こったことを説明し、汚職の捜査について論評した。

離党した際に使用した「高慢で高圧的」との論評を解説したギュナイ元大臣は、「全発言を命令と解し、自身に口答えせずに従うとの考えが首相とその周囲に醸成され始めたことを見たためこの表現を用いた。高慢で高圧的。つまり、自信過剰で他人を潰そうとすること。こうした弊害は、 2011年の総選挙に勝利した後に表面化した。2007年にあるメモ[軍によるネットでの発表のこと]に公正発展党が直面した際に、多数が公正発展党に反対して広場で集会を行った時期に私たちは無所属の政治家だった。新しい政治の探求者だった。メモが与えられたため公正発展党を支持すること、私たちの政治的な立場と民主主義の理解が必要であると感じた。首相は、もはや「私はすべてを支配している。トルコにおいて全ての綱は私の手中にある」という理解に至った後、この高圧的な振る舞い、自信過剰さが明らかになった」と述べた。

■イドリス・ナイム・シャーヒンと同じ危険を指摘している

元内務大臣イドリス・ナイム・シャーヒンが離党の際に述べた「少数独裁政治」構造が党を支配しているという趣旨の発言と自分の発言が一致していると説明したギュナイ氏は、「シャーヒン氏は、このメカニズムを私よりよく知っている友人である。とても古くからの友人関係がある。イスタンブル市時代から現在まで共に働いている。彼は党の創設者である。大臣に就任するまで事務局長、その後で内務大臣である。内面にある高圧的核心部分、[それを]微細に知りうる友人である。彼の離党は私に大きな影響を与え、最も衝撃的な発言は「少数独裁政治的な構造をなしている」ということであった。少数独裁的な構造というのは、私が用いた「高慢で高圧的」、自信過剰で自分以外のいかなるものも認めない、これと一致しているように思える。互いに異なる表現を用いているが、同じ危険を指摘している」と話した。

首相がイスタンブルにおいて行った演説に宛てギュナイ氏は、「イスタンブルで首相が行った発言は問題あるものであった。検察へ宣戦布告した。裁判官・検察官高等委員会(HSYK)を処罰する権限に言及した。これは、民主主義を内面化していない精神の発露である。権力の分立を内面化していない精神の発露である。 とても危険である。問題は、単に法律的なことではない。問題は単に政治的倫理と関わることではない。問題は少し心理的なことのようである」と話した。

■市は首相から許可を取っている

ギュナイ氏は、イスタンブルの景観を壊す建物に関して首相との間で交わされた会話についても言及し、「イスタンブルでの建築と関わるこのミナレットとドーム[建設]の競合、この誇張的なもの、私はこれを多神教の塔と呼んでいるが、過度の不労所得、高層建築に関して大いに首相と見解の相違がある。私は常にこれらがイスタンブルに対する不敬であることを、イスタンブルのような世界規模の扱いを要するものを細心の注意を払って扱い、景観を壊さないことが必要である事を述べた。その際に、首相は、全てこれらの発言に唇をゆがめる雰囲気を出していた。私たちが異議を唱えた高層建築について自身も非常に関心を寄せており、各自治体も首相から許可を得て事業を進めている。こうした態度はとても明白だった。閣僚たちも[それを]受け入れ、神もご存知であると告白することであろう。最後の年はこの問題で首相と閣議で議論を交わしていた」と述べた。

12月17日に始まった賄賂と汚職の捜査に続いて司法と行政との間での問題の発生についても論評し、以下のように述べた。

「何らかの形で靴箱でカモフラージュされた札束を見なかったら、これに似たようないくつかの情報を新聞で具体的に見ていなかったら、この議論は蓋をされていただろう。問題の所在はさらにこの面でもある。国に奉仕した政治活動が、3人5人のせいで嫌疑をかけられるべきではない。」

■嫌疑のかかっている大臣の任命スキャンダル

警察における配置転換についても述べたギュナイ氏は、「政府内で、警察を所管する大臣について、尾行、嫌疑、容疑があるにも拘らず、その座にとどめた。これはかつて見られなかった法律上のスキャンダルである。私は四半世紀を日々思い出している。こうしたことは全く起こらなかった。オザル氏は、自身の大臣を問題とし、高等諮問委員会に諮った。閉鎖的な体制のあとでさえもこの道徳的なかけらは残っていた。現在は汚職、不正、賄賂捜査妨害するために任命している。トルコで法治国家の原則が傷ついていることに驚いている」と話した。

首相が予備校に関する議論を汚職と賄賂の捜査に結びつけたことも批判したギュナイ氏は、次のように述べた。

「教育が明らかにしたやむない是正を求める人、教育を支援する目的で訴えをする人について、どんな理由で彼らが責められているのか。予備校での議論が今日の賄賂の露見とどんな関係があるのか。こうしたことを、一国の首相が何千人もの人々がいる広場で人々の頭の中にある疑いを呼びさ覚ますようなことを、なんで口にできるのか。全ては、問題をそらす意図があって、そうしたことに努めているからである。」



本記事はAsahi 中東マガジンでも紹介されています。

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( 翻訳者:新井慧 )
( 記事ID:32436 )