トルコをゆさぶった12日間、ダイジェスト
2013年12月29日付 Radikal 紙


12月17日に始まった収賄捜査とともに、トルコでは、ほとんど毎日、新しい事態がみられた。この目まぐるしい展開を復習するため、12日間の要約を作成した。

すべては、12月17日の朝にはじまった。イスタンブル共和国検察により「不正収賄捜査」と名付けられた強制捜査のスタートボタンが押された。それからあとは、トルコは毎日、新しい進展で大揺れだ。警察の人員が大幅にいれかわり、大臣が辞任した。内閣がかわった。AKPから離党者がでた。検事同士が、互いを(非難する)発表を行った。この後も自体は同じテンポで進んでいくのか、失速するのかはわからない。ともかく、急展開をみせてきた、この12日間をまとめてみた。

12月17日(火)
朝、強制捜査がはじまった。第一報は、実業家や要人が逮捕されたというものだった。その後、それが誰だかがわかった。ムアンメル・ギュレル内相の息子のバルシュ・ギュレル、ザフェル・チャーラヤン経済相の息子のサーリフ・カアン・チャーラヤン、エルドアン・バイラクタル環境都市開発相の息子アブドゥッラー・オウズ・バイラクタル、ハルク銀行のスレイマン・アルスラン頭取、実業家のアリ・アーオールとルザ・ゼッラーブ(サッラーフ)、ファーティフ区のムスタファ・デミル区長。3つに捜査が同時に行われていることが判明した。また、情報によると、この捜査を指揮しているのは、かつてエルゲネコン捜査を担当したゼケリヤ・オズ検事だというものだ。

12月18日(水)
新聞紙上では重要な疑惑が取りざたされた。それによると、ルザ・サッラーフは、4人の閣僚との付き合いを深め、賄賂をつかってブラックマネーの浄化や金(きん)の闇取引のような犯罪を行っていた。ザフェル・チャーラヤン経済相は、送金の0.3、0.4%を賄賂として受け取り、サッラーフが官僚機構にじゃまされるのをムアンメル・ギュレル内相に渡した賄賂により解決した、というのも噂のひとつだ。EU担当エゲメン・バウシュ大臣も、サッラーフのために便宜を図り賄賂を受けたったとの噂も流れた。この日の最大の話題は(内相の息子である)バルシュ・ギュレルの家での家宅捜査のものとされる映像だった。そこには、紙幣カウンターや、多数の金庫、金庫からでてきた外貨やトルコリラが映っていた。もうひとつは、ハルク銀行のアルスラン頭取の家にあった靴の箱からでてきた450万ドルだった。12月18日の騒動はこれにとどまらない。この日の深夜、反攻が行われ、強制捜査を指揮していたものを含む5人の警察支部長が解任された。そして、猛スピードで、次の人事が発表された。捜査には、2人の検事が追加任命された。この任命と解任により、「強制捜査が妨害されている」との主張が生まれた。この日の深夜には、(政府に近いとされる)サバフ紙のコラムニスト・ナズル・ウルジャクが、この新聞を追われた。

12月19日(木)
多くの区の警察署で警官の解任が続き、イスタンブル警察のヒュセイン・チャプクン署長がアンカラに移動になったことが発表された。チャプクンにかわり、アクサライ県知事のセラミ・アルトゥノクが任命された。拘束されていた一部のものは、裁判所に出廷した。

12月20日(金)
木曜日に出廷した最初のグループのうち8名が(裁判所決定により)逮捕された。異動は、その他の組織にも飛び火した。MASAKのファールク・エリエイオール副会長が解任された。

12月21日(土)
閣僚の息子であるバルシュ・ギュレル、サーリフ・カアン・チャーラヤン、実業家ルザ・サッラーフ、ハルク銀行スレイマン・アスラン頭取が逮捕された。捜査により、合計26人が刑務所に送られた。バイラクタル都市開発相の息子、実業家アーオール、ファーティフ区長を含む多くの容疑者が釈放された。「司法捜査員通達」が変更された。これによると、司法捜査は検事のかわりに、警察署長や県知事が行うことになった。これには、法曹界が猛反発し、差し止め訴訟を提訴された。

12月22日(日)
警察署が報道陣をショットアウトした。担当記者に対し、警察内にある「メディアルーム」を空けるよう、求めれている。

12月23日(月)
トルコ弁護士連合は「司法捜査員通達」の差し止めのため、行政裁判所に提訴した。イスタンブル諜報担当局長が、捜査をもらし容疑者に情報提供した疑いで検事による事情聴取に呼ばれた。警察は、局長の事情聴取を、「その必要性が明らかでない」として、許可しなかった。この日のうちに、アンカラで密輸・組織犯罪対策担当局に務める警部正が、車の中で死亡しているのが見つかった。家族によると、自殺はありえないという。

12月24日(火)
アブドゥッラー・ギュル大統領は、強制捜査に関し、「なんらかの不正や過ちがあるのなら、それを覆うことはできないし、してはいけない」との発表を行った。エルドアン首相は、ギュレン師の発表に言及し、「彼のいう「呪い」とは、一体なんだ。誰を呪うのだ。なんなら、誰を呪うのかいってもらいたいものだ。名前を出せばいい」と述べた。

12月25日(水)
閣僚の辞任が相次いだ。まず、ムアンメル・ギュレル、続いて、ザフェル・チャーラヤンが辞任した。続いて、エルドアン・バイラクタル。バイラクタルはNTVの番組で、首相も辞任すべきたといった。この日のうちに、TMKムアンメル・アッカシュ検事による大捜査の第二陣が行われることが判明した。逮捕者リストは41人にのぼり、エルドアン首相の息子のビラル・エルドアンも事情聴取に呼ばれることが明らかになった。しかし、警官は、この逮捕の命令に従わなかった。アッカシュ検事は、ヒュセイン・アヴニ・ムトゥル・イスタンブル県知事、サラミ・アルトゥノク・イスタンブル警察署長、捜査部隊に対し、捜査を開始した。

12月26日(木)
ムアンメル・アッカシュ検事が担当から外された。夕刻、「捜査の実施を妨害された」との発表を行った。その直後に、トゥラン・チョラックカドゥ主席検事が、アッカシュ検事を批判し攻撃する発表を行った。その後、裁判官・検察官高等委員会(HSYK)が、「多数決により」厳しい政府批判の発表を行い、「司法捜査員通達」を憲法違反だと主張した。エルドアン首相は、パキスタン外遊からの帰路、飛行機のなかで記者らに対し、第二陣捜査で、息子を介して自分が標的にされていると主張した。

12月27日(金)
身元の不明な人物が、警察の財務担当局のコンピュータに侵入したとの発表が行われた。捜査がはじまった。ムアンメル・アッカシュ検事が2年にわたって担当してきた収賄・賄賂捜査は、共和国検事であるイドリス・クルトゥ、イルファン・フィダン、フズリ・アイドードゥ、イスマイル・ウチャルに引き継がれた。行政裁判所第10法廷は、司法危機の原因となっていた「司法捜査員通達」の施行を停止した。タクスィム対話組織の呼びかけで、不正疑惑への抗議のためにタクスィム広場で行われたデモに対し警察が介入し、多くのけが人や逮捕者がでた。

12月28日(土)
イスタンブル警察で、また異動があった。広報渉外担当局のズルキュフ・アトゥルガン支局長が解任された。アトゥルガンは、局長付きになる一方、その職には、セイラン・デミル・特別警護担当局長が抜擢された。



本記事はAsahi 中東マガジンでも紹介されています。

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( 翻訳者:トルコ語メディア翻訳班 )
( 記事ID:32442 )