ロウハーニー大統領「表現の自由は皆に認められるべきだ」(1)
2014年03月09日付 Iran紙


 大統領はメディアの領域における政府の政策や市民の表現の自由の保護について再度説明した上で、この分野に関する自らの見解を表明した。

 昨日、第20回プレス祭の閉会式に出席したハサン・ロウハーニー博士は、「人々や社会に事実を伝えるために、表現の領域を開放された状態にしておくべきだ」と述べた上で、「この政権に批判の声を上げたり、異を唱えたりする人々は自由であり、これからもそうである。しかし同様に、政権を支持する者たちも、自由と安全を享受すべきであり、〔社会の状況に〕批判の声を上げることができるべきだ」と語った。

 イラン国営通信の報道によると、ロウハーニー大統領は、プレス祭はメディアにおける表現の自由の尊重への象徴であるとした上で、通信や情報は一国の力を生みだす主要な源であると強調し、「思想や発言、表現の自由、そして情報の自由な伝達が認められている国ほど、その国の発展の可能性も高まる」と指摘した。

 国家安全保障最高評議会の議長を務めるロウハーニー大統領は、言論が封殺されれば社会における人々の信頼は失われ、人々は外国のメディアに頼りがちになると指摘し、さらに「人々や社会に事実を伝えるために、表現の領域を開放された状態にしておく必要がある。もちろん、表現の自由は国や社会の歴史的、文化的、宗教的、社会的状況を考慮した上でのものでなければならない」と付け加えた。

政府は責任ある自由を信じている

 表現の領域は開放されているべきだという大統領の強調には、もちろん一つの条件が課されている。大統領はそれを、「政府は責任ある自由を信じている」と言い表している。

 ロウハーニー大統領はこの「責任ある自由」について、「どの社会にも、全員が尊重する原理・原則や価値観、神聖不可侵なものが存在する」と述べた上で、「もしメディアがこうした原理・原則を守ろうとしなければ、そうしたメディアは間違いなく、社会や人々との関係が弱かったり、断絶してしまったようなメディアである」と言明した。

 文化革命最高評議会の議長も務めるロウハーニー大統領はまた、今日の社会が国内の民族問題に敏感になっていることに触れ、「このセンシティブな問題に注意を払う必要が、私たち全員にある」と強調した上で、「宗教的に神聖視されているものや、文化的・国民的、さらには民族的〔※〕諸価値に対し、全員が敬意を払うべきである」と語った。

※訳注:イランは多民族国家であり、「イラン国民」は複数の「民族」から構成されている。「国民的価値観」と「民族的価値観」が分けて表現されているのは、このためである。

つづく




本記事はAsahi 中東マガジンでも紹介されています。

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(翻訳者:ペルシア語記事翻訳班)
(記事ID:33246)