ゼキ・ミュレンの父の墓で盗難
2014年04月20日付 Zaman 紙


エミルスルタン共同墓地にある故ゼキ・ミュレン氏の父、カヤ・ミュレン氏の墓の青銅製のドームが盗まれた。ブルサ警察当局が調査に乗り出した一方、新聞記者を通じて事件を知った甥のオズレム・オルガチ・ギュネル氏は「以前も青銅製のドームは盗まれるところだった」と反発した。

トルコのサナト(芸術)音楽において「サナトの太陽」とされるゼキ・ミュレン氏の墓の隣に建てられた父親のカヤ・ミュレン氏の墓を覆う、重さ150キロの青銅製のドームが、何者かによって盗まれた。事件は共同墓地の職員らが19日朝に仕事を開始した際に発覚した。ドームがその場にないことに気付いた職員らはすぐ警察に通報した。現場に駆け付けた警察は共同墓地で犯人のものとされる靴と指紋の調査を行った。ドームは2007年にも盗みが試みられたが、犯人らが運び出せなかったため、取り残された。

ブルサ出身のサナト歌手、ゼキ・ミュレン氏と父親の墓はエミルスルタン共同墓地に並んで建てられていた。有名サナト歌手の死後、全遺産を受け継いだトルコ人兵財団(ワクフ)やトルコ教育財団はゼキ・ミュレン氏の墓には大理石の柱を据えた2つのドーム、父親の方は1つのドームで覆った。父親のカヤ・ ミュレン氏の墓にあるドームは2007年にも盗みが試みられた。犯人はドームの大理石の柱との接続部分を固定していたねじを抜き取ったが、運び出せないことがわかると、その場にドームを残して逃げたとされる。新聞記者を通して事件を知ったゼキ・ミュレン氏の甥にあたるオズレム・オルガチ・ギュネル氏は「参った。こんなことがあってはならない。以前も青銅製のドームを盗まれるところだった」と述べ、盗みに対して反発した。盗難事件に関する調査はブルサ警察によって進められている。

■約600作品のレコード

トルコのサナト音楽において「サナトの太陽」とされたゼキ・ミュレン氏は1931年12月6日にブルサで生まれた。芸能生活の中で約600作品のレコードやカセットを出したサナット歌手のゼキ氏は、1996年9月24日にトルコ・ラジオ・テレビ協会のイズミル・テレビで主催した式典に出席中、心臓発作で亡くなった。同氏の葬式には10万人が参列し、ブルサのエミルスルタン共同墓地にあるゼキ氏の父親、カヤ・ミュレン氏の隣に埋葬された。

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( 翻訳者:星井菜月 )
( 記事ID:33569 )