マフムード2世廟の大理石地球儀、大昔に行方不明になっていた
2014年04月23日付 Radikal紙


チェンベルリタシュにあるスルタン・マフムード2世廟前の歴史的なチェシュメ(泉)に設置された大理石地球儀がなくなったというニュースが伝えられたが、そこから別の真実が明らかになった。霊廟が建設された時期に緯度、経度が示され、さらに大陸も描かれたオリジナルの地球儀が、どうやら長年所在不明になっているようである。現在所在不明と言われている地球儀は25-30年前に大理石で作られたレプリカであり、これが地面に落下し二つに割れ、霊廟・博物館管理局の倉庫に保管された事が分かった。同霊廟の建設当初に設置されたオリジナルの地球儀の写真にラディカル紙は辿り着いた。

ミッリイェト紙に昨日掲載されたニュースによると、マフムード2世廟前にあるディーヴァーンヨル・チェシュメの上の大理石地球儀が一か月間所在不明になっていた。スルタン・アブデュルメジドが1840年に父のため建設させた霊廟の前にアンピール(帝政)様式で高さ2.5mの泉を築かせた。ディーヴァーンヨルにある最初のアンピール(帝政)様式建造物はジェヴリ・カルファ学校であり、その次に来るのがマフムード2世廟である。ナポレオン帝政期にフランスで誕生し、程なくしてバロック様式、ロココ様式同様にトルコ的嗜好に沿う形でボスフォラス海峡の宮殿や岸辺の邸宅に採用されたこの古典的な様式のその他好例は、トプハーネにあるヌスレティイェ・モスク及びトプカプ宮殿の付属施設であるアライ・キョシュクである。タンズィマート期以降にあたかも公式の様式と化し、幅広く利用されたアンピール様式は紛れもなくフランス文化により築かれた交流の所産の一つとして認知されている。マフムード2世廟は、ディーヴァーンヨルにおける近代の幕開けを、そしてタンズィマート期政府高官のフランス革命の理想への想いを表現しているという解釈をもたらしている。この種の記念碑として築かれた同泉の上に位置し、元来何ら機能をもっていなかった地球儀は、専門家によれば、建築史的にフランス革命を含む時期であることを、及びフランス革命の本質にある基本原理を暗示している。一方、同地球儀は、統一と進歩委員会の時代にはオスマン人らの世界覇権論を形容する「赤りんご」としての役割を得ている。

■ 常に苦難に直面した

地球儀は常に苦難に直面している。以前何度もトレージャーハンターらにより損壊を被り、最終的には地面に下ろそうとした際に落下し二つに割れてしまった。しかし、判明した真実では、一番最後に修復され、設置された地球儀はオリジナルでないという事である。霊廟・泉・文化資産保護協会(TÜRÇEK)の発表では、オリジナルの地球儀がいつ盗まれたかに関する明確な情報が示されていない。しかし、紛失したとされる地球儀は二つに割れた状態で霊廟・博物館管理局で保管されている。但し、この地球儀はオリジナルでないのと同様、完全なるレプリカでもない。TÜRÇEKはオリジナルにより近いレプリカを近日、泉の上に設置する予定である。オリジナルの地球儀は、関係者による捜索が続けられている。



本記事はAsahi 中東マガジンでも紹介されています。

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(翻訳者:藤井庸平)
(記事ID:33602)