オスマン朝スルタン花押、再び歴史的建造物へ―AKP、法整備
2014年05月27日付 Milliyet紙


AKP(公正発展党)は、1927年制定の法によって撤去されていたオスマン朝の紋章、花押、頌詩が設置されるための法を申請した。申請書によると、撤去された、移動された、もしくは同様の扱いをうけた花押、紋章、頌詩碑文、碑文は文化観光省内に設置された委員会によって確認され、修復や保存が行われるという。

イスタンブル大学ベヤズト・キャンパス正門上部にある「TC」(トルコ共和国の頭文字)の文字が撤去され、代わりにスルタン・アブドュルアズィズの花押が新たに据え付けられた。

1927年に法が制定されたことにより、多くの花押、碑文、紋章がハンマーやのみで取り除かれた。いくつかの花押の表面は大理石で覆われた。

公正発展党コジャエリ選出のゼキ・アイギュン議員と同じく公正発展党イスタンブル選出のムスタファ・シェントプ議員は、それぞれがトルコ大国民議会に提出した申請書によって、『条例第1057号トルコ共和国内の全ての公的及び国家的建造物に据え付けられている花押と頌詩碑文の撤去についての施行撤廃』を求めた。
アイギュン議員が提出した申請理由書で、条例第10(5)7号により、「花押と紋章と碑文が国家や市当局が所有する建物に据えてつけられている場合、撤去され、博物館に収蔵される。撤去されることでそれ自体または建物の美的かつ歴史的価値が損なわれる場合、それらの価値が損なわれぬよう適切な手段で覆われる」と決められていたことが明らかとなった。申請理由書には以下のことが述べられている。

■削られ、失われた

「1927年に制定された第1057条の本旨とは裏腹に、意味なく花押、紋章、碑文が撤去され、削られ、破棄されたことが調査で判明している。実施された調査が示すように、我々の文化・芸術世界は大きな被害を被った。この嘆かわしい破壊を止めることは我々の歴史を取り戻すだけでなく、未来を守るために必要である。移動された、撤去された、取り除かれた記念碑、花押、紋章や類似の芸術品が再び日の目をみること、目録作成が行われること、次の世代によって検証されるためにも、必要な教育、指導、啓蒙活動の推進が求められる。

■過去と和解する

過去との和解は、どの国でも重要なテーマだ。ある国民が長くその存在を続けるためには、なによりもまず自分たちを知ることが重要だ。自分たちを知るためにも過去の歴史を知ることが必要だ。今日ここに存在することの源は昨日に、明日の力は今日にある。よって現法の施行撤廃、それに伴い、文化観光省内に設置される委員会により、これまで撤去され、移動され、また同様の扱いをうけた花押、紋章、頌詩碑文や碑文の確認、修復そして保存が実施されるために法を申請する」。

■スルタンを彷彿とさせるシンボル

シェントプ議員が提出した申請理由書には以下のことが書かれていた:
「1057条では、スルタン(およびオスマン帝国)を彷彿とさせるシンボルや印は撤去すること、見えないようにすることを目的として作られた。現代の情勢に照らし合わせると、特定の意図を持つこの法はすでに必要性もその存在意義を果たしていない。さらにこの法は、歴史的遺物の原型を損害するおそれもはらんでいる。実際、当時この法が議会で審議されている最中に、この観点から論議が勃発し、担当委員会に差し戻され、再度検討されていた。歴史的遺物のオリジナルを損ねることになる試み前提としたこの法の撤廃は、国民の、文明の、全人類共通の価値に危害をもたらす脅威からの救済を意味する」

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(翻訳者:小幡あい)
(記事ID:34067)