ボスフォラス第三橋工事現場で遺跡
2014年05月29日付 Radikal紙


北マルマラ高速道路とその幹線道路で[実施された調査の]考古学的データが問題となっている。たった二日間の表面上の調査だけで、信じられない発見が続いた。墓所、旧石器時代の遺跡、陶器、コイン、ビザンツ帝国の警備建物など…。

第3橋工事現場で、「一目で」わかるような考古学的発見が驚きを呼んだ。しかし、国際的な金融機関から融資を得るために用意された環境影響評価報告では、発見された文化的財産に関して、イスタンブル考古学博物館にも、保護委員会にも通知されていない。マルマライプロジェクトの間、イェニカプにおいて博物館側が実施した考古学的発掘で大量の歴史的遺跡が出土して、作業が7年延びた。今回の計画も長引くのを懸念して、博物館は蚊帳の外となった。

■2日で26.5km歩いた人たち、そして…

第3橋工事現場は環境影響評価報告書から排除された。しかし建設担当のICAコンソーシアムが国際的な金融機関から融資を受けるため、見かけだけであれ、環境影響評価報告書が必要である。国際的なコンサルト、工学会社であるAECOM側から出された報告書の第13章は、考古学と文化遺産に関してである。この章は、Regio文化遺産・コンサルタント会社によってつくられた。考古学者、ギョクハン・ムスタファオール氏とウール・ダー氏が2日間で約26.5km歩いて行った調査では、目立った考古学的なデータが続いた。

工事現場の大部分は森林、雑木林であるので、工事現場をすべて歩く機会がなかった。歩いた場所に関しては、予備調査報告の結論部分で以下のような提案があった。「地域保護委員会の共同作業の中で建設による森林伐採後、十分な現地調査が行われるべきであり、この地区の考古学的遺物の存在に留意すると、物理的な関与を含めたあらゆる活動が経験ある考古学者の監督のもと実施される必要がある。」

報告書の結論部分にある提案にもかかわらず、北マルマラ高速道路工事現場の作業については、イスタンブル考古学博物館には報告すらなかった。博物館関係者たちは、 自分たちに申請さえなかったと明らかにした。しかし、2863号の法律にしたがって、建設作業の際に文化的財産が出土したら、建設を直ちにやめさせ、最寄りの博物館に知らせる義務がある。しかしながら建設業者たちは、作業が長引き、仕事が増えるせいで、文化的財産を取り壊す方向を取った。このため、イスタンブル考古学博物館の権限を使って、道路作業を管理する必要がある、道路工事はイスタンブルでは4つの別々の保護委員会が関わっており、委員会ではこの作業に関し「博物館の監督のもと行われる必要がある」との決定をとりうる。第一委員会が8地域で8文化財があると以前本紙が3月25日付で知らせている。

チャタルジャとシリヴリ:インジェイズ洞窟、マルテペ考古墓地と集落(第一級考古学遺跡)
スィリヴリ:アナスタシアス城壁(考古学遺跡)
ガーズィオスマンパシャとスルタンガーズィ:クルクチェシュメ水利施設
アヴジュラル:ウスパルタクレ・スプラドンの古代都市(第一・三級考古学遺跡)
アルナヴトキョイ:シャムラル村ドゥトラル地域の、岩窟墓
チャタルジャ・イーネアーズ:カルテペ(ウムルテペ)洞窟、古代採掘場(第一級自然遺跡、第二級考古学遺跡)
アルナヴトゥキョイ:サズルボスナ・フィルボズ遺址(第一級考古遺跡)
スィリヴリ:キュチュククルチル村の古代集落(第一級考古遺跡)

■“表面上で”見つかったもの

「北マルマラ高速道路工事の限られた場所で、実地調査が実現された。200メートルあたりの場所が調査対象とされた。実地調査は、インフラ建設計画で文化的遺産 問題について包括的知識と経験を持つ2人のベテランの考古学者によって行われた。実地調査の際、地域の地質的・考古学的特徴に注意を払いつつ、地表にみられた考 古学的な痕跡、陶器のかけら、建築的な遺物、墓、墓址、小丘、丘を精査し、記録した。」

「橋脚が建てられる場所には同時に歴史的遺址が見つかる高い可能性がある。文献では、この地域には多くの歴史的な集落地域の存在に触れているが、これはまだ発掘されていない。アナドルカバウとポイラズキョイの間にある丘の一つの上にあると予想されるゼウス・オウリオス神殿もこれらの中に含まれる。文献では同時にキュベレ神殿にも言及している。イェニカプの発掘の際、キュベレに捧げられる祭壇が発見された。この知識のもと、歴史上、鍵となる役割を果たしたイスタンブルで、歴史的あるいは建築的な遺跡と必ず出会える。」

「作業が行われている高速道路とその影響がある場所にある大量の建築物と考古学的遺址は、地下に眠っているか、あるいは、植物に覆われているかもしれない。このため森林伐採段階のあと、作業地域の森林地区と雑木林地区で経験ある考古学者のメンバーによって組織的な現地調査が行われなければならない。調査の結果次第では、より多くの調査を行ったり、考古学的な財産を守るために試掘調査、保護調査が必要になりうる。」

「ガリプチェ建設場と、ガリプチェ村の間にある道路脇で土器の破片や瓦レンガが見つかった。村や海峡の監視のため使われていた塔、あるいは警護所があったのではないかと考えられている。表面的な部分はビザンツ・オスマン時代のものである。」

「ウクスムル村の約2.5km西にあるジブレテペの丘の隅に長方形の建物の遺構があった。基盤が天然石で建てられ、外面はモルタルのようなもので覆われている。」

「バシャクシェヒルでは、おそらく人の手によってつくられたと考えられるドーム状のトンネルが出土した。Lの形をした遺址には階段を使って降りた。建物の大きさは、0.65×10.30メートルだと明らかにされ、たぶん墓所であると考えられている。」

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(翻訳者:岡田 唯)
(記事ID:34079)