ブルサ副知事、批判に弁解―モスクの中庭で割礼の宴席
2014年05月31日付 Zaman紙


ブルサのムラト・ヒュダーヴェンディギャール・モスクの中庭で6歳の息子の割礼式をしたメフメト・オズジャン副知事はワクフ地方事務局と県の宗務局の許可を受け、宗教的な価値を尊重して割礼式を行ったと述べた。

オズジャン副知事は夫人が癌を患っていると述べ、「私の妻はステージ4の癌だ。今後一緒に子供の成長を見られるかどうか分からない。しかし彼女の若さだけを強調して新聞で取り上げるのは道義的ではない(訳注:夫人は二番目の妻で24歳年下。2008年から付き合いだしたといわれ、副知事が前妻と離婚が成立したのは2011年。こうした点もマスコミで騒がれている要因の一つとみられる)」と述べた。オズジャン副知事は月曜日をもって定年を理由に副知事の職を退任するとも明かした。

メフメト・オズジャン副知事は昨日行われた、批判の的となっている割礼式について今日記者会見を行った。オズジャン副知事はいろいろな報道がなされているのを残念に思いながら見ていたと述べ、「ムラト・モスクは私がここブルサに任を得たとき、このモスクが属するワクフ所有のゲストハウスに一年間暮らし、1年間は複合施設(キュッリーエ)としてのこの場所を近くで見守ってきた、非常に敬意を感じている場所だ。ここには特別な心のつながりがあり、だからこそ息子の割礼にこのような場所を選ぶのが私たちにとって良い選択だと考えた」と語った。

オズジャン副知事は、モスクは社会生活の中にあるべきだと語り、「正直私はモスクが当然に社会生活の中でより有効に利用でき、市民が気軽に利用できる場所であってほしいと考えている。私たちはここでおそらくある意味ひとつの例になろうとも考えた。今日新聞の報道を読み、私は驚いた。市民感情と私たちの感情は一切異なるものではない」と語った。

オズジャン副知事は報道を不快に思っていると述べ、次のように語った。「主張されようとしている失礼な態度や振る舞い、言葉のどれ一つとっても私たちはあずかり知らぬ。私たちはモスクの意味も礼拝の意味も割礼も意味もそこでの清めの沐浴のための水場の意味もよく知っている。このような行事を行なう際に、これらに対し不遜な行為をしているなどと全く思いもしない。この意味で妨害するような状況も言葉も全くなかった。誰がこうしたこと(誹謗中傷)をどのような目的で言っているのか、正直分からないが、そこで行われたことの全てはCDに録画した」

メフメト・オズジャン副知事は式に関する許可をワクフ地方事務局と県の宗務局から受けたと述べ、次のように続けた。「許可は全てとった。一部はワクフに属し、一部は道として(イスラムのために)使われる場所だ。私たちはここで600人近くの人に慈善のための食事を提供した。ここは歴史的、宗教的な場所であり国民のための場所だ。この点が強調され、この場所にふさわしい活動によりこうした点が示されることは、社会的な意味を持った活動として理解できる。今後もより良い例となるような活動がなされるようにと思って、私たちはこのような式を行った。ここでメフタル(軍楽隊)とブルサのシンボルとなった刀を携えたチームがパフォーマンスを行い、ついでにフェスハーネのプログラムでいくつかの催し物も行われた。マジュン(キャンディー)屋があり、そこでキャウト・ヘルヴァが振る舞われた。背の高い男がいて、火吹き男たちもいた。トルコの伝統的なこれらのパフォーマンスを見てもらいながら、この場所をより知ってもらいたいと思った」

オズジャン副知事はこのように副知事としての役目を終えるにあたり、友人たちにお別れの食事を提供することを考えたと話し、「息子の割礼を通して善行をするために私たちはここに来た。歴史的な場所や宗教的な感情に対して失礼なことをしているなど、全く思いもしない。つまり、私たちの活動や言葉がそのような失礼な行為にあたるとは論外である。そこでメフテルが演奏をし、剣使いがパフォーマンスをし、その後食事が振る舞われた」と述べた。

■そこで行われたことはいつから『チャルグ・チェンギ(トルコのコメディ映画:ドタバタ騒ぎ)』になったのか

オズジャン副知事は式典でメヴリットやイラーヒが披露されたと述べ、「ここでメヴリットやイラーヒが披露され、スーフィー音楽が流れた。チャルグ・チェンギだといわれるのは非常に残念で、不当なことだ。私のどの発言がいつからチャルグ・チェンギになったのだ」と尋ねた。
オズジャン副知事はモスクで娯楽は行われなかったと述べ、次のように続けた。「。これは大きな誤りであり、私たちの目的を邪魔している。私はモスクが礼拝所にふさわしい場所として使用され、より社会生活の中に入りこむことを望んでいる。礼拝の時間だけ開かれ、その後閉ざされる場所であるべきではない」と語った。

■妻は癌患者

メフメト・オズジャン副知事は夫人が癌だと述べ、次のように説明した。「私の妻は癌を患っており、ステージ4だ。おそらく子供のためにできる最後のイベントだ。今後一緒に子供の成長を見られるかどうか分からない。しかし彼女の若さだけを強調して新聞で取り上げるのは道義的ではない。それどころか彼女は『私は癌協会』を設立し、自らこの活動に身を投じた。これらを無視して私たちがモスクをこうしたことで利用したと主張するとは、いったいなぜなのか。私たちはムラト・ヒュダーヴェンディギャール・モスクに非常に大きな敬意を払っている。この場所と精神的なつながりを持っている。私たちが不遜なことをしたとは、論外である」

オズジャン副知事は記者たちの「退任の理由は定年だからですか」との質問に次のように答えた。「私は定年により退任する。自らが希望してのことではない、年齢のためだ。妻の不調もあり、今後一緒に子供の成長を見られるかどうか分からない。しかし私たちがこのことを秘密にしておこうとしているのに、一部の人達がそのことを無視し、私の息子だけが王子であるかのようにレッテルを貼ったりするのは良くないことだ。私は全ての子供がその家族の王子だと信じている。この場所(モスク)は割礼に最適な場所だと考えた。おそらく初めて許可を受けただろう。なぜやらないでおりましょうか。私たちが最初の例になりましょう。この許可は当然下りるものだ」

オズジャン副知事は「許可を受けたのですか。どこの許可を受けたのですか」との質問には次のように答えた。「ワクフに対しても申請した。宗務局にも個人的に申請した。許可を求めた。同意を得た後、これらの催しを行った。全ての公的機関の公共財産というものは国庫に属し、ワクフのものである。しかしこれらの使用権が特定の機関に割り当てられたなら、その使用権はその機関の裁量に基づくことになる。私たちはそこで宗教的な義務に沿った式を企画し、宗務局からも適切と判断された。そこでの催しは道(イスラムのため)の一部として行った。割礼式をここで行うことに何の問題があるのだ。ここでメヴリットを披露してはいけない、イラーヒを詠ってはいけない、と誰かが出てきて言ったら良いだろう。反対する人がいるのなら出てくるべきだ。話し合いましょう」

「これは一つの悪意だとお考えですか」との質問には、次のように答えた。「私の役職に関わるものはいっさいない。これは完全に個人的なことだ。何年間もにわたる私の経験から、これらの問題やトラブルは私においてはないと判断したから行ったのだ。ここには副知事の仕事との関係は一切ない。明日どの家族がこのような場所でこのような式を開いてもおかしくはない」

メフメト・オズジャン副知事は1949年6月2日生まれで、月曜日をもって定年を理由に副知事の職を退任すると付け加えた。

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(翻訳者:南澤沙織)
(記事ID:34096)