生後8か月の幼児らの解放はいつ・・―モスク領事館人質
2014年06月13日付 Hurriyet 紙


イラクの都市モースルでイラク・シリアのイスラム国(ISIS)の兵士によって在モースル領事館で人質に取られたなかで、最年少である8カ月のエラちゃんの祖父ネヴザト・エルジャンさんは、ISIS による占拠の3時間前に息子のエミンさん一家とテレビ電話で話したと述べた。「朝起きて領事館が占拠されたと知った。息子、嫁、孫が元気でいると信じている。政府はテロリストらに領事館を渡さない」と述べた。

クルシェヒル県のムジュル郡に住むエミン・エルジャンさんは、8年前に公務員としてモースル領事館に勤務し始めた。昨年シュメイイェ・エルジャンさんと結婚したエミンさんは、8カ月前に娘のエラちゃんが生まれると、妻子を連れてモースルに呼び寄せた。

モースル領事館でISISによって人質にとられたエミン・エルジャンさんの父、ネヴザト・エルジャンさんは、人質のひとりメスト・タシュクランさんの父であるレジェプ・タシュクランさんと共に、辛抱しながら待っていると述べた。

ネヴザト・エルジャンさんは、メスト・タシュクランさんとエミン・エルジャンさんが叔父と甥の関係にあると話し、「神のお許しにより彼らは元気で戻ってくるだろう。そうとわかっている。我々の政府は、強力な政府だ。もちろん私たちは常に情報を得ている。外務省の事務次官らが電話で情報を与えてくれている。このことについて、微塵も懸念はない。人質の健康や現状が問題ないということ、常にトルコと通信できる状態にあるということを、私たちは知っている。エミン、嫁、孫に関して、有難いことに、悪い知らせは受けていない」と述べた。

ネヴザトさんは、息子のエミンさんが孫のエラちゃんの恋しさに耐えられず3か月前に休暇をとってムジュルに戻って来て、妻子を連れモースルに帰ったと述べた。「嫁と孫は3か月前にモースルに行った。エラが生まれた後、息子は我が子の恋しさに耐えられなかった。在モースル領事館も息子の希望を認めたので、私たちは嫁と孫を送りだした。向こうで問題が起きていることを彼らはわかっていた。昨年、2人は互いに好意をもち結婚した。2人の間の愛情は、どんな問題も乗り越えていた。息子はイラクのこの現状もわかっていたが、それを知りながらも好んで働いていた。私が息子と話した時には、「父さん、ここでの待遇は、まるで政府への待遇のようだ。しっかりと警備されていて、特別機動隊もいる。僕たちも困りごとはない」と言っていた。ISISによる占拠行為の3時間前にはテレビ電話で、息子と嫁、孫と顔を合わせていた。エラは笑って、楽しそうだった。何の問題についても話していなかった。占拠作戦について話していなかった。さらに後、人質となり、連絡がとれなくなった。朝ニュースを見た時は、信じられなかった。携帯電話でに電話をかけたが、つながらなかった。嫁と孫と3カ月間向こうで生活し、私たちのそばに戻ってくることになっていた。ちっとも悲しみは無いし、気持ちは落ち着いている。政府は、テロリストらに領事館を渡すことはないだろう。近所の人々もやってきて、慰めてくれている。領事館の外は、戦闘地域になっているため、人質は外に出られない。外に出れば戦火にのまれてしま う。安全なタイミングを待っているのだと思う」と述べた。

在モースル領事館でパスポートとビザ業務に携わる職員のメスト・タシュクランさんの父、レジェプ・タシュクランさんも、エミン・エルジャンさんと自分の息子がすぐに救出されることを願っていると述べた。レジェプさんは4~5日前に息子と電話で話したといい、次のように述べた。「今は問題はない。まずアッラーを、そして我が政府を信じている。外務省も我々に常に情報を知らせている。電話で連絡を取っている。メストと4~5日前に電話で話した。元気だよ父さん、 何も問題はない、と言っていた。話した時に人質になっていたのかどうかはわからないが、困ったことは無いと言っていた。3年間モースル領事館で職員として働いていた。婚約をしており、ラマザンのバイラムのあと8月に結婚式をあげるつもりだった。花嫁も、待ち続けている。モースルではたった4人の強盗の手に落ちることがあるというのか? 我々は完全に信頼を置いている。全く疑念はない。政府は遅かれ早かれ彼らを救出するだろう。我々の子どもたちに戻ってきてほしい。」メストさんの母ハジェル・タシュクランさんは、息子が8月に結婚を控えていることに触れ、辛抱強く待っていると述べた。

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( 翻訳者:吉岡春菜 )
( 記事ID:34294 )