ヒュセイン・アヴニ・パシャ荘、全焼
2014年06月28日付 Radikal紙


フェトヒパシャ林の中にあるヒュセイン・アブニ・パシャ荘は火事によって灰になった。由緒ある別荘は、林とともに(昨年)12月25日の汚職事件捜査での供述を求められた実業家のメフメト・ジェンギズ氏に売られていた。

 ウスキュダルのフェトヒパシャ林の中にあるヒュセイン・アヴニ・パシャ荘で火災が発生した。火事には多大な消防の介入があったが、結果、由緒ある別荘は灰と なった。フェトヒパシャ林にあるヒュセイン・アヴニ・パシャ荘で16時半ごろ火災が発生した。目撃者が伝えるところによると、屋根で始まった火事は木造の別荘に瞬く間に広まった。通報を受けて、火災現場に多くの消防チームが到着した。消防チームの介入にもかかわらず、別荘は短時間で灰に帰した。火は林の木々にも飛び火し、消防士の一部は木々の消火活動に尽力した。灰と帰した別荘のうちの木造の箇所が火災によって崩れ落ちた。消火活動に消火ヘリコプターも助力した。海から水を給水したヘリコプターは、別荘のある場所へ水を放射した。また火事はヨーロッパ側からも見えた。市民はベシクタシュの海岸から火事を見物した。ヒュセイン・アヴニ・パシャ荘での火事は消火された。

■ジェンギズ氏が建物を購入

 由緒ある別荘も含む林を、(昨年)12月17日の汚職事件捜査でネットで広まった音声記録で「国民の……へ据える」と発言し、また(イスタンブル)第三空港の入札を得たジェンギズ建設COEのメフメト・ジェンギズが購入した。ジュムフーリエット紙に掲載された記事によると、8万1511平方メートルの森の敷地の「65%を預貯金保険基金(TMSF)から、35%を民間から買った」とするジェンギズ建設は、「一建設会社として、土地権利書類上で林としてあった敷地で何を行う予定なのですか」といった質問に、「(敷地の)中に由緒ある別荘がある。修復を行いつつ使用を目指している」と回答した。ジェンギズ氏は、12月25日の汚職事件捜査の中で供述を行っていた。林の販売価格が無料と見られ、このことは議論を生んでいた。TMSFは林を3169万132トルコリラで売却したことを発表した。

■ヒュセイン・アヴニ・パシャとは?

 ヒュセイン・アヴニは、1821年ウスパルタ県ゲレンドスト郡で生まれた。1837年7月に兵卒として士官学校の予科に入った。8ヶ月の後、試験によって上等兵に、1839年の7月には伍長、その後曹長となった。1842年に王立士官学校を卒業し21才で少尉の位を授かった。 1849年に「アカデミー卒の上等大尉」の位を得ると共に28才の時陸軍軍事アカデミーを出た。ヒュセイン・アヴニは、1852年6月に少佐の位と「ベイ」の称号を得て士官学校に戦術の教師に任命された。1867年11月29日、クレタ州知事になった。1869年2月9日総参謀長として初めて帝国政府に入った。また1874年2月15日から1875年4月26日までの間、大宰相であった。しかし1876年6月15日の夜、ミドハト・パシャのベヤズトの館で催された閣議に参加した折に、廃位された君主アブドゥルアズィズの義理の兄、チェルケス・ハサンが邸宅を襲撃して行った虐殺の間に命を失った。

Tweet
シェア


この記事の原文はこちら
原文をPDFファイルで見る
原文をMHTファイルで見る

 同じジャンルの記事を見る


(翻訳者:伊藤梓子)
(記事ID:34500)