ディヴリーのウル・ジャーミーに礼拝する人のシルエット
2014年07月13日付 Milliyet 紙


ユネスコの世界遺産リストに登録されているディヴリーのウル・ジャーミーと病院に出現する礼拝する人のシルエットや他の様々な影は、来訪者の関心を集めている。

<中略>

何世紀も前に、日の出から日没、星が出てから消えるまで、多くの事柄を計算した建築家と職人によって建設されたディヴリーのウル・ジャーミーと病院は、その建築の構造によって訪問者たちに魔法をかけるかのようである。
ヨーロッパの学者たちによって「アナトリアのアルハンブラ」と形容される建物において、光と影の遊びは、力強く感じられる。
ディヴリーのウル・ジャーミーと病院の天国への門に日光が差し込む場所の先に朝7時に出現する礼拝をする女性のシルエット、西の門(石の門)で午後にみられる約4mの礼拝をする男性のシルエット、シャーの門に午前9時頃に出現するこのモスクを建設させたアフメット・シャーの頭をかたどったと信じられているシルエットは、建物を訪れる国内外の人々の注目の的となっている。
歴史的な建物を見物に来た人々は、訪問する時間をシルエットが出現する時間に合わせようとしている。観光客らはこれらのシルエットや他の様々な影を感心して眺め、他では見ることのできない建物の前で記念写真を撮っている。

■カヤ郡知事から観光客への呼びかけ

ディヴリーのメフメト・ネビ・カヤ郡知事は、記者会見でユネスコ世界遺産リストに1985年に登録されたディヴリーのウル・ジャーミーと病院が重要な建物であることを述べた。
カヤ郡知事は、建物は門、ミフラーブとミンバールにおいて傑出していると述べ、「この建物を全体として考えた時、信仰と科学と愛が石に刻みこまれているようである。4つの門がある。西の門では、礼拝をする人のシルエットが現れる。影は、5月から9月の午後の礼拝の時間の45分前で朝早い時間帯に日光が当たった形によって明らかになる。」と述べた。
カヤ郡知事は、ウル・ジャーミーと病院を学者や大学生を筆頭に皆が見る必要あると述べ、「誰もがこの場所で確実に自分の一部を見つけるでしょう。この場所を見ることなく『私は成熟した人間だ』と言ってはいけない。この建物を建設した人々は全ての科学を知り、それをこの建物に最良のかたちで反映させた。私は皆さんをここに招待します。ディヴリーのウル・ジャーミーと病院を見てください。私たちの祖先が残したこの特別な建物を体感しましょう。そして子供たちに教え、将来に受け継ぎましょう」と話した。

■見ないで死ねない

アナトリア諸侯のメンギュジェキオールの時代、1228年に作られ、「見ないで死ねない」と言われることで知られているディヴリーのウル・ジャーミーと病院は、建築の構造も注意を引く。
アフラト出身の建築家ヒュッレムシャーによって作られたこのたぐいまれな建物では、アフラトとティフリース出身の石工が働いていたことが明らかにされている。
さらに筆頭建築家のヒュッレムシャー・ビン・ムーイス・エル・ヒラティとアフメト・ナカシュ・ヒラト(アフラト出身の建築家)、アフメト・ビン・イブラヒム・エル・テフリーシー(木工職人、壁画家)とアフメト・ビン・ムハメッド(装飾書家、壁画家)がこの建物の建築において働いていたことが資料に記されている。

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( 翻訳者:新井慧 )
( 記事ID:34691 )