大統領、クルド人でなぜだめか?
2014年07月30日付 Milliyet 紙


大統領候補であり人民の民主主義党(HDP)党首であるセラハッティン・デミルタシュ氏は、ハッキャーリ県から平和の手が差し延べられていると明言し、「エディルネ、チョルム、イズミル、アンタリヤ、トラブゾンの同胞達は、今、ハッキャーリの民が差し延べている同胞愛の手が平和への手である事を理解すべきだ」と述べた。

デミルタシュ氏は、昨日7月29日にハッキャーリ市庁舎前で市民らと共にラマザン・バイラム(断食明けのお祭り)を祝った。市庁舎前に集結した市民らに呼び掛けた同氏は、以下の様に語った。

■ 「平和はハッキャーリを経由する」

「平和への道はハッキャーリを経由する。このため私は全ジョレメルグ(ハッキャーリ)の同胞、特に母に大いに感謝している。我々は、この大統領選を理由に 再度、扇動的な発言、敵意を示す発言を教訓と共に注目することになる。この地で苦痛を味わった民は、誰にも敵意は抱いていない。『平和』、『同胞愛』、 『平等』を望んでいる。」

大統領候補であるレジェプ・タイイプ・エルドアン首相に対しても激しく非難したデミルタシュ氏は、「あなたが中傷を浴びせたこのクルド人、あなたが侮辱したアレヴィー系住民、あなたに投票しない、路地で殺害させてその母親に非難の声を上げさせた層、彼らはこの国に生きていないのか?我々はこの国の市民ではないのか?あなたが選出されればこれら彼らの大統領にならないつもりか?」と語った。

■ 子供達からの支援

クルド人であることに誇りを抱いていると言明したデミルタシュ氏は、「大統領選を前にクルド人であることが障害であるかのように立候補を阻止しようとする輩が未だこの国にいる。しかし、肝心なのはクルド人、トルコ人であることではないと思う。人道的である事、良心的、道義的、誠実であることである。なぜクルド人の大統領がいてはだめなのか?トルコで生きるクルド人は、統治者がトルコ人であるかアラブ人であるか気に留めなかった。公正であるか、平等であるか、こういったことに関心を持った。不正には反対した。我々は『なぜ、トルコ人が大統領なのか?』とは考えなかった」と問いかけた。
スピーチ後に数人の幼い子供達が、蓄えた小銭をデミルタシュ大統領候補に贈った。その小銭を受け取った同氏はその子供達に口づけをし、談笑した。



本記事はAsahi 中東マガジンでも紹介されています。

Tweet
シェア


この記事の原文はこちら
原文をPDFファイルで見る
原文をMHTファイルで見る

 同じジャンルの記事を見る


( 翻訳者:藤井庸平 )
( 記事ID:34897 )