村々から石臼あつめて、チャナッカレ・アポロン神殿修復
2014年09月14日付 Milliyet紙


チャナッカレにあるヘレニズム時代のアポロン神殿の柱は、時が経る中で略奪の憂き目をみていた。この地域の住民が、小麦をひくための石臼として、戸口の敷居として、また井戸の井筒として使っていた神殿の柱石は集められ、神殿に戻された。

チャナッカレのギュルプナル村のアポロン神殿を昔の姿に復元する作業を行う考古学者たちは、長年にわたってバラバラになっていた歴史的柱のピースを周囲の村で発見した。エーゲ地方の重要な歴史地域に位置し、ヘレニズム様式によって今から約2200年前に造られたアポロン神殿の柱が再び一カ所に集められている。毎年何千人もの歴史愛好家が訪れる神殿では、ジョシュクン・オズギュネル教授をリーダーとする考古学者たちが、前方8本、後方8本、側方14本ずつ、内側に4本の合計48本の柱を見つけ出すため、この地域で広範な調査を行った。高さ10mの柱の一部分を見つけるために周囲のすべての村と別荘を調査し、その結果約250年前(訳註:約2500年前の間違いと思われる)マルマラ島から持ってきた大理石から作られた重さ3~5トンの柱石が、おかしな目的のため使われていたことが分かった。地震によりばらばらになった柱のパーツのうち、45~50個が庭々から見つかったが、一方で他の一部は小麦をひくための石臼や階段の敷居として、オリーブオイルを作るための重しや井戸の井筒として村人たちに使われており、それらの柱石は神殿に戻された。村人のなかには柱石を家の礎石として使っていることを明かすものもいる一方で、別荘の庭で装飾材として使われていた柱も発見された。

■欠けた部分も復元

発掘を専門とする考古学者のダヴト・カプラン氏は、「私たちは50km離れたところでも柱石を発見しました。柱石の部分、部分をパズルのピースのように組み合わせていきます。80~100個の柱石のピースのうち、欠けている40個を当時のようにマルマラ島から取り寄せた大理石から作り、完成させました。修復が終わったなら、この地域の歴史ツーリズムは活性化すると思います。」と話した。

■石の表面に「トロイ」の一幕

 ヘレニズム文明に属するアポロン・スミンテウス神殿は、ギュルプナル村に位置する。ジャン=バティスト•ル•シュヴァリエが1785年にトロイに向かっていた際、目にした神殿の廃墟をみて、アポロン・スミンテウス神殿であるとした。1861年に始まった発掘は1980年以降ジョシュクン・オズギュネル教授によって続けられている。アイヴァジュク郡ギュルプナル村にこの神殿はあり、トロイ戦争で初の戦闘があった場所に存在している。博物館で展示されている石の装飾には、ギリシャの英雄アキレスとトロイのヘクトルの戦いのような重要なシーンが描かれている。

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(翻訳者:伊藤梓子)
(記事ID:35343)