火葬された遺骨の灰に葬礼の祈り
2014年10月26日付 Radikal 紙


イスラム教徒であるウォルフガング・エットウィグ氏は心臓発作でこの世を去った。彼のイスラム教徒の友人らはイスラム様式に則った埋葬を望んだが、これに対して家族が反発した。さて一体どのような解決策を見つけたのだろうか。

ドイツのデュースブルクで、2008年、イスラム教徒であるウォルフガング・エットウィグ氏はイスラム様式で埋葬されずに、火葬された。ラインハウゼン地区でトルコ人によく知られていたウォルフガング・エットウィグ氏は、デュースブルクマラソンのトレーニング中に心臓発作を起こし、この世を去った。集中治療の際、二つの宗教の関係者が見守る中息を引き取ったエットウィグ氏をどのように埋葬すべきか、議論となった。

遺族は、手元に彼の意思を表明する書類が何もないことを主張して火葬することを望み、エットウィグ氏の遺体は火葬された。しかし、イスラム教徒と近しい関係にあったとされるウォルフガング・エットウィグ氏に対して、エユプ・スルタンモスクで遺体はなかったが、遺灰とともに葬礼の祈りが捧げられた。祈りの後、遺灰は家族に戻された。

■遺灰は2時間以内に返却

スポーツが好きでイスラム書道家でもあったウォルフガング・エットウィグ氏の親しい友人のうち、コンピュータ技術者のブルハン・イルクルチさんは次のように語った。「ウォルフガングさんの死後、どのように埋葬すべきか気を揉みました。彼がイスラム教徒であったことを証明するよう求められました。イスラム教徒であったことに関して、モロッコ人のモスクで作成された書類には、彼自身のサインがありませんでした。宗務トルコイスラム協会に参加しているイスラム教徒であったため、葬式の費用を負担すると協会側から提案があったにもかかわらず、ウォルフガング・エットウィグ氏の親類はイスラム様式で見送ることを最初、認めませんでした。火葬後、2時間限定で遺灰が葬礼の祈りのために貸し与えられました。承諾せざるを得ませんでしたし、遺体不在の中、葬礼の祈りを行いました。」
ウォルフガング・エットウィグ氏がイスラム教に改宗したにもかかわらず、火葬されたことについて説明を行った遺族の一人、トーマス・ワーベルさんはこう話す。「イスラム教徒になってからは、イスラム様式で暮らしていました。食べ物や飲み物に気をつけていましたし、断食もしていました。死亡証明書の宗教欄にはイスラム教と書かれていました。エットウィグ家は大家族で、両サイドを説得する必要がありました。カトリックの病院で息を引き取る際、牧師とイマームが側にいました。彼らはそれぞれの祈りを終え、ウォルフガングは息を引き取りました。安らかな最期で、とても驚きました。」



本記事はAsahi 中東マガジンでも紹介されています。

Tweet
シェア


この記事の原文はこちら
原文をPDFファイルで見る
原文をMHTファイルで見る

 同じジャンルの記事を見る


( 翻訳者:小川まどか )
( 記事ID:35685 )