PKK、ジズレで「自治」宣言
2014年10月26日付 Zaman紙


テロ組織PKK(クルディスタン労働者党・非合法組織)は、長年語られてきた(トルコ)南東部での「自治」の実施に向けた一歩を踏み出した。同組織の都市部での治安部隊である愛国者革命青年運動(YDG-H)がシュルナク県ジズレ郡で自治を宣言したことが明らかとなったのである。大通りで軍事的な隊列を組み行進し、武装して顔を隠した大規模な集団は、二つの地区への(トルコ)治安部隊の立ち入りを許可しないことを伝えた。

PKK及びジズレで自治を宣言したPKKの都市部での治安部隊として知られる愛国者革命青年運動(YDG-H)は、シュルナク県ジズレ郡での自治を宣言した。顔を隠した同組織の民兵は25日夜、大規模な集団でスル、ヌル地区で「軍事的な隊列での」行進をおこなった。同じタイプの服とYDG-HのTシャツを着たものもいたグループの中のある活動家は、「われわれは蜂起し、われわれの世界から政府の汚れた政治を一掃した。これらの地区は自分たちで管理する」と述べた。二つの地区への(トルコ)治安部隊の立ち入りを許可しないことが明らかにされた。式典の参加者は、クルディスタン社会連合(KCK)とPKKの旗を掲げて、「アポ(オジャラン)よ、永遠なれ」とのシュプレヒコールを叫んだ。

PKKの青年部門の治安部隊として知られるYDG-Hは2013年6月23日にシュルナク県ジズレ郡で設立を宣言した。2012年11月に(イラク北部) カンディルで全ての幹部が参加したPKK第4回戦略的闘争期間に関する会議でYDG-Hの結成が決定された。(YDG-Hは)自らを「クルディスタンの青年のアンブレラ組織」という認識で成立し、2014年8月25日に自治区を建設するプロセスを始めたことを発表した。25日夜には、同組織はジズレの二つの地区で自治を宣言した。

入手した情報によれば、PKKのボタン州の指導者の通達を実行した、市内中心部にいたYDG-Hのあるメンバーらは、スル地区にあるネヴルス広場に近いチャルケンダル丘へ同組織の巨大な旗を掲げようとした。スル、ヌル、ジュディ地区の周辺でも溝を掘り起し、バリケードの構築が始められた。しかし、警察は一日中、厳重な治安対策を講じてそれを許可しなかった。

夜明けとともに、3つの地区の通りや路地に出たYDG-Hのメンバーである数百人の活動家は、3か所の路地を歩きボタス通りで合流した。隊列を組んで軍事行進した、顔を隠して武装した組織のメンバーは、ここで自治宣言の式典をおこなった。グループには軍服やYDG-Hと書かれたTシャツを着ているものもいた。

グループに参加したある活動家が自治宣言に関する会見をおこなった。「われわれは蜂起したことにより、われわれの世界から政府の汚れた政治を一掃した。これは勝利であり、守らなければならないものである。これは新しいプロセスの始まりである。社会に、自分たちの独自の領域が形成されたのだ。クルド民族はこの領域で生活し、社会をこれにより再び構築する。われわれにとって、ヌル、スル地区は自由に暮らすことができる地区となるであろう。その基礎として、われわれはこの二つの地区を人びとがニーズに自ら対処し、自らで組織化する地区として宣言する。これらの地区は自分たちで管理する。ボタン地域の人びとに発表する」。

記者会見後の式典の参加者は、「永遠なれ、アポ(オジャラン)よ」とシュプレヒコールを叫び拍手した。お祝いの一環で、多くの花火が打ち上げられる一方、二つの地区へ治安部隊が入る許可を与えないことが明らかにされた。二つの地区は最後まで防衛し、この闘争を継続するという。式典の後、YDG-Hメンバーはまた、KCK(クルディスタン社会連合)とPKKの旗を手に解散した。約2時間続いた自治宣言の式典には、治安部隊は介入しなかった。YDG-Hは昨年同じ場所で結成宣言をしたが、シュルナク県庁は、そのような式典はシュルナクではおこなわれなかったと発表した。

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(翻訳者:岸田圭司)
(記事ID:35693)