行方不明だった歴史的ガラタ橋の一部発見
2014年11月07日付 Milliyet紙


行方不明だった歴史的ガラタ橋の4つの部分は、1992年の火災で被害を受け水没してしまっていた。1994年1月に水中から引き揚げられた部分は、機能を失っていたため廃棄物として機械科学工業機構(MKE)に売却されていたことが明らかになった。

ガラタ橋の1000トンにも達する行方不明だった4つの部分は、1992年の火災から2年後に機能を失っていたため、MKEに廃棄物として売却されていたことが明らかになった。

10月23日にハベルチュルク紙に掲載された、ガラタ橋の4つの部分が行方不明という記事の後、文化省及びイスタンブル広域都市は調査を開始した。

■ガラタ橋の74mの部分が行方不明!

行方不明の部分のその後を明らかにするため、1992年3月16日にガラタ橋で発生した火災に焦点があてられた。原因不明の火災により、1912年に開通したガラタ橋は80年後に役目を終えることになった。火災後、一部が大きな被害を受けた歴史的な橋は1992年5月24日に2つに分けられてハスキョイ-バラト間に架けられた。歴史的な橋の一部は、火災の直後に水没した。火災により被害を受けた他の2つの部分についても橋の重い建築資材のため水没していた。2年間、水面下にあった重さ1000トンにも達する部分は、ヌレッティン・ソゼンが市長であった時の最後の期、1994年1月に水中から引き揚げられた。しかし水中で錆びて擦り切れた部分は、役目を終えたとしてMKEに廃棄物として売却されていたことが明らかになった。歴史的な橋の一部が売却されていたことは、古い書類を調査した市の関係者によっても確認された。

■ソゼン氏:全く分からない

当時の市長であったヌレッティン・ソゼン氏は、橋が廃棄物として売却されていた問題について、「どこに売却されたか、残念ながら全く分かりません。 MKEは国の組織ですが、購入して何に使う予定だったのでしょうか?この売却に関して全く分かりません。初めて聞きました」と話した。

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(翻訳者:富田祐子)
(記事ID:35803)