溺死シリア難民幼児、祖父の慟哭
2015年09月04日付 Radikal紙


ボドルムの海岸にその亡骸が打ち上げられたアイラン・クルディちゃんとガリプ・クルディちゃんの祖父、シェホ・シェン・クルディさんは、「海岸に打ち上げられた孫たちの亡骸を見て、私の心は砕けてしまった」と語った。

 ボドルムの海岸にその亡骸が打ち上げられたアイラン・クルディちゃんとガリプ・クルディちゃんの祖父、シェホ・シェン・クルディさんは、「起こったことや孫たちの死に、もはや何を言っても及ばない。私は強く主張したのだ。行くな、コバーニに戻ってこいと。だが、聞き届けられなかった。娘婿のアブドゥッラーは絶対にドイツへ行くと言っていた。海岸に打ち上げられた孫たちの亡骸を見て、私の心は砕けてしまった」と語った。

■一人につき2,000ユーロ渡した

2014年にIS(イスラム国)がコバーニを攻撃した際、娘一家がトルコへと逃げてきたというシェホ・シェン・クルディさんは、一家がヨーロッパへ行くことを希望していたといい、「娘のレイハンとアブドゥッラーは5年前に結婚した。2014年9月にISがコバーニを攻撃した際、娘には子供たちを連れてコバーニから逃げるよう言った。その時私は怪我をしたので、コバーニに残らざるを得なかった。娘は、夫と2人の子供とともにコバーニからトルコへと逃げ、しばらくスルチに滞在した。ISの襲撃で家族のうち12人が死に、娘婿と娘はトルコから戻らないと決めた。3か月ほど前、娘がドイツへの渡航に言及していたので、私は、それは間違いだと話した。しかしその後、娘は金の一部を現金化してユーロへ両替したといい、一人当たり2,000ユーロで安全にヨーロッパへ行けるのだと話していた」と述べた。

■「お父さん、運を試してみたいの」

 旅立つ前日、娘と会話したというクルディさんは、次のように続けた。
 「娘に、行くな、コバーニへ戻ってこいと言った。最後に話したのは娘たちが出立する前日の夜12時頃で、娘に『行くな。コバーニはもう、より安全になった。コバーニへ戻れ』と言った。娘は私に、『お父さん、今回は私たちの運を試してみたいの。もしヨーロッパに辿りつけなければ戻ってくる』と言った。その後、ガリプと会話したが、私に、『おじいちゃん、ぼくはおじいちゃんのところへ行きたいよ』と言っていた。その後、娘たちは出立してしまった。私がもう一度電話すると、今海上で、彼女らと同じような沢山の人々と船に乗っていると話していた。それを最後にもう電話が繋がることはなかった。昨日、海岸に打ち上げられた孫たちの亡骸を見て、私の心は砕けてしまった。私は、孫たちも娘も失ってしまった。義理の兄弟に連絡して、娘と孫たちの亡骸をコバーニへ移送してくれるようお願いした。娘と孫たちはコバーニに埋葬するつもりだ。」

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(翻訳者:貝瀬雅典)
(記事ID:38575)