HDP2閣僚、辞任
2015年09月23日付 Milliyet 紙

選挙内閣に名を連ねていたHDP(国民の民主主義党)のEU担当大臣アリ・ハイダル議員と開発相ムスリュム・ドアン議員は、閣議において辞任を表明した。辞任の理由として、大臣らはジズレやワルトにおける混乱状況を挙げたことが明らかにされた。

共和国史上初の選挙内閣で大臣に任命されたHDPのアリ・ハイダルEU担当相、ムスリュム・ドアン開発相の二名は、選挙内閣発足からわずかにして、昨日 (21日)行われた第二回閣議において辞任した。選挙内閣は、連立交渉が失敗に終わったあと、エルドアン大統領による選挙やり直し決定に伴い〈暫定的に〉 組閣された。内閣組閣を指示されたダヴトオール首相は、国会に議席を獲得した4政党の議員に入閣を打診、CHP(共和人民党)とMHP(民族主義者行動党)がこれを受け入れなかった一方で、HDPはこの申し入れを承諾。この打診によって、アリ・ハイダル・コンジャ議員はEU担当大臣、ムスリュム・ドアン 議員は開発大臣として入閣した。HDP2閣僚の辞任により、現行内閣はAKP(公正発展党)と無所属議員だけで組織されることになる。

■「戦争内閣」

情報筋によると、昨日14時45分に始まった閣議に入る前に辞任の意向を表明した2閣僚は、対テロ作戦を批判した。内閣は「戦争内閣」であると訴えたコンジャ氏は、ジズレにおける市民の死亡と外出禁止令を激しい口調で非難し、同じような状況がワルトでも起こっていると語った。

コンジャ氏は、「ワルトではモスクやジェムエヴィ、さらには墓地までもが爆撃されており、宗教施設への攻撃は容認されません。またこの地域から電話をしてきた人たちは、入閣したことで私を罵りました。さらに、ジズレでは外出禁止令が出されているにも関わらず、この危機に何の解決策も見出すことができず、戦闘は激化しています」と述べ、ドアン氏もこの見解を支持した。

■車待ちの間にも

2閣僚は閣議に姿を現したあと、任命に関わった関係者からの〈辞職への〉制止に不満を見せたが、総局長らのところに行くときや車を待つ間にさえ大変だったと側近に語り、閣議への出席を余儀なくされたと話していることも明らかとなった。

ドアン議員は、同地域で行った視察はごく普通のものであるとし、首相に対し「国民の中にある昔ながらの人間関係は弱まっており、これを復活させる必要があります」と語った。HDPの2閣僚は、ヤルチュン・トプルム文化観光相の「彼らには辞めてもらうしかない」発言にも反発を示し、「我々は誰かに倫理の授業をするつもりなどありません。しかし我々の辞任に関する発言はとても馬鹿げています」と話した。この発言にトプチュ文化観光相が再度反論するのを止めさせたのは、ダヴトオール首相だ。この件について発言したトゥールル・テュルケシュ副首相は、国民の中の昔ながらのつながりが弱体化しているという見解を支持 し、「トプチュ大臣の態度が正しいとは思いませんが、それを批判しているわけでもありません。彼らにはジズレに行く権利も、調査する権利もあります」と語ったことが明らかとされた。

■溝を作ったのは私たちか?

情報によると、ダヴトオール首相は、テロ組織が県や郡の中心部に設置した爆発物や、掘った溝を思い起こさせて「地雷を埋めたのは誰だ?溝を作ったのは誰だ?ドラグノフ銃を配ったのは誰だ?―(彼らと)溝を作ったのは、私たちの方なのか?」と話し、対テロ作戦は法的な範囲で進められ、公共の秩序が確保されるまで続けられると語った。

■憲法による辞任受諾

2閣僚はさらに、辞表提出の意思を口頭で伝えたこと、ダヴトオール首相が、内閣に入るときと同様に内閣を去ることもそれぞれの意思に任せており、二人と一緒に働いたことを幸せに感じていると述べた上で辞任を受諾したことを話した。他に言葉を交わした大臣はおらず、辞職に反対したり口論のような会話になったりすることもなかったという。首相府のケマル・マデンオール事務次官に見送られたコンジャ議員とドアン議員は、HDP本部に戻った。首相府広報室による発表によると、辞職は憲法の要請に基づいて受託されたという。

■戦闘は激化

コンジャ議員は、辞職理由を閣議で簡単に説明したと話し、記者らの質問に次のように答えた:

「首相もお考えを語ってくださった。私たちは感謝を伝え、内閣を離れました。私たちは、理由をはっきりと明確にお伝えしました。ジズレから始まり、ずっと困難な状況に置かれていること、大臣として私たちが直面した扱いが、認められるものではないということをお話ししました。私の生まれはワルトです。ワルトでは、モスクやジェムエヴィ、墓地までが攻撃されていること、私が閣僚であるために私を批判する電話があったこともはっきりとお伝えしました。我々の辞任の理由は、地域の休戦が実現せず、戦闘が激化し、選挙の安全性など不可能であるという点で明確でした。首相はただ私たちとお話ししてくださっただけです。ジズレの 事件で内務省や県知事は危機を制御することができなかったこと、犠牲を防げるかもしれないこと、私が特に強く電話で主張したにも関わらず解決に近づいていないことを受け入れられないと話しました。私について何も言わず、私への言葉もありませんでした。」

■わずか26日の大臣生活

大臣を辞任したHDPの議員たちは、8月28日に現行内閣がエルドアン首相に任命されてから今日まで、計26日間大臣を務めたことになる。

■首相だけとの握手

閣議中に辞任を表明したHDPの閣僚らは、会議室を去る前にダヴトオール首相をと握手を交わしたが、その他の大臣とは交わさなかった。

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( 翻訳者:池永大駿 )
( 記事ID:38729 )