IS勝利のペシュメルゲ部隊、教育したのはトルコ国軍
2015年11月13日付 Milliyet紙

北イラク・クルディスタン自治政府のマスード・バルザーニー大統領に属するペシュメルゲ部隊のシェンガル(シンジャール)地方でのテロ組織ISに対しての勝利の後、トルコ国軍が行った訓練、輸送、戦術的な支援が重要な役割を果たしたことが分かった。イラクのヤズィーディー教徒が多く暮らす地方で行われた軍事作戦の、最前線に立った約 2,500人のペシュメルゲ(クルド人民兵)は、トルコ人将校によって(トルコによる)訓練・支援活動の一環として訓練されていた。
テロ組織PKKと、そのシリアにおける組織であるPYDが、この勝利の後に275人からなる部隊で、ISに対する戦線を放棄し、勝利を手にしたのが自分たちであるかのように思わせるために、街に入ったことが、トルコの諜報機関によって確認された。前線で戦地を離れたPYD部隊がペシュメルゲ部隊の勝利を丘の裾野から見た後、勝利を収めたのが自分たちであると見せるために街に向かった。後にこれを、ソーシャルメディアを通じて精神的に利用しようとしたことが明らかにされた。

■メレキ・タヴスの怒り

テロ組織ISのイラクにおける拠点に向けた重要な軍事作戦のうちの一つは、前日ヤズィーディー教徒が多く暮らす地域として知られるシェンガルで行われた。
バルザーニー大統領に属するペシュメルゲ部隊が重要な役割を果たした軍事作戦を、アメリカを始めとする連合軍もジェット機で空から支援した。
ISにおける、ヤズィーディー教徒に対する残忍な行いや大虐殺に起因する軍事作戦には「メレキ・タヴスの怒り」という名前が付けられた。
メレキ・タヴスはヤズィーディー信仰で重要な役割を持っている。トルコでの治安、諜報機関によれば、タラファルとモースルからISを掃討するためにも計画が開始されていた。

■補給路が断たれていた

シェンガルでの軍事行動で注目すべき軍事的に非常に重要な特徴は、ISのラッカとモースルの間にある補給路を断つことである。つまりこの軍事活動によってモースルにあるISの部隊は、補給地から半ば切り離され、後方支援を失った。ミッリイェト紙が入手した情報によると、包囲攻撃には2万人のペシュメルゲが参加した。シェンガルには7千人のペシュメルゲ部隊が侵攻した。この部隊の最前線の約2500人の兵士は、(トルコによる)訓練・支援活動の一環でTSK(トルコ国軍)によりこの一年のうちに訓練された。トルコ人将校が教育したペシュメルゲは、特に居住地域における衝突で、訓練の成果として重要な勝利をおさめた。

■PKKによる印象操作

アンカラに届いた機密情報によれば、この軍事作戦でPYD部隊に与えれられた任務は、ISのラッカへの逃走を妨害するためにシェンガルの南から西にかけての地域をおさえることであった。 つまり、前線のそのセクションで軍事作戦後に逃げたISのメンバーに対して退路を塞ぐことであった。しかしPYD軍は、軍事作戦が行われた日の朝4時から9 時半の間に待機予定場所におらず、前線の自分たちが受け持つセクションを放棄していたことが確認された。持ち場を放棄したPYD軍は、丘から監視していたペシュメルゲの勝利のあとから275人の部隊で市内中心部に下りて行ったことが明らかにされた。PKKの関連組織であるPYDがこの戦略で勝利を自分たちのものにしようとし、更に後にソーシャルメディアを通じて印象操作を行ったことが伝えられた。

■エルドアン大統領とバルザーニー大統領の会談

トルコのペシュメルゲへの支援のきっかけは、ISがモースル占領後、アルビールに向かっていた時期に、レジェプ・タイイプ・エルドアン首相(当時)とマスード・バルザーニー大統領との間で行われた電話会談であった。
同首相は、この会談でISに対してバルザーニー大統領に人道的、物質的、訓練・支援の枠組みにおける援助に言及した。
トルコは、この枠組みでこの一年で一連の人道支援を行った。軍事支援の概要は以下の通りである。

■ペシュメルゲ部隊員をTSKが教育した

・今日まで4つの異なる拠点でKDPとKYBに属する合計2308人のペシュメルゲに訓練が行われた。トルコは、この数によって、最も多くのペシュメルゲに訓練を行った国となった。
・TSKが行った訓練には、対戦車ミサイル、迫撃砲、対空、応急処置、市街戦、手製の爆弾、介入部隊訓練、砲撃訓練が含まれている
・2015年2月16日時点で、砂漠用ブーツ500足、迷彩服500着、迷彩バックパック500個、ポンチョ500着、迷彩弾薬ベスト500着、寝袋500個、水筒1000個、ベスト500着、防寒着500着、冷気候テント65個、地雷探知機15個、コンパス65個、地図ケース150個、双眼鏡150個、高機能暗視カメラ22台をIKBYペシュメルゲ部隊に提供した。
* 2015年4月13日に小型トラック15台を、IKBYペシュメルゲ部隊に提供した。
* 負傷した6人のペシュメルゲ部隊員(添付乗務員や通訳も含む)は、2015年6月1日にGATA に搬送された。負傷者の治療は、7月に完了した。

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(翻訳者:尾形知恵)
(記事ID:39154)