観光の目玉はジールサル・バーゲルハーレ村—伝統手工芸の教育と持続可能な観光を追求する日本(1)
2016年04月13日付 Iran 紙


【イラン紙15面】1957年にJICAとイランの協力が始まってから、60年近くが経つ。この年に行われた初めての二国間協力は、農業関連の研修を受けるために、日本に17人からなるイラン人専門家らの一団が派遣されるというという形で行われた。この年月の間に、約3274人のイラン人専門家らがJICAによる日本での研修を経験し、また1080人の日本人専門家が水や農業、環境、地震対策などに関する事業を実施するために、イランに派遣されている。

 アンザリー湿原再生プロジェクトでも、1393年(2014年)と1394年(2015年)の夏にそれぞれ12人のイラン人専門家が日本に派遣された。彼らは専門分野を考慮して、東京や釧路、その他の地域の湿原〔※ママ。「東京の湿原」というのがどこを指すのかは不明〕を視察し、研修を受けた。日本側は、アンザリー湿原の状況がある程度、日本の釧路湿原に類似していると考えていたことから、研修や視察の大部分は、釧路湿原での活動に割り当てられた。釧路湿原の生態系管理の分野で日本人が得た知識を活用すれば、イラン側がアンザリー湿原の管理に役立てることができるかもしれないからだ。

 しかし日本の事業では、もう一つ柱となるものがある。それは湿原の保全への地域社会の参加を促し、持続可能な湿原観光を盛り立てることで人々の生活水準を向上させることである。

 アンザリー湿原でも、日本の活動の主な部分は、エコツーリズムの振興と湿原周辺の村の人々の教育に充てられている。ジールサル・バーゲルハーレ村は、アンザリー国際湿原の周辺に位置する、JICAの活動対象となっている村の一つであり、湿原観光のパイロット事業のメインの一つとなることが決定している。

 村の人々は、カヤック乗りや乗馬、葦の茎などを利用したござ作り、野鳥観察の訓練中である。これは、エコツーリストが〔アンザリー湿原を〕訪れた際、彼らが現地ガイドとして観光客たちをもてなし、手工芸品や自らの伝統的な料理を提供できるようにするためである。

つづく


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( 翻訳者:TSHR )
( 記事ID:40345 )