アヤソフィアで、征服563周年を祝う礼拝
2016年05月29日付 Yeni Safak紙


アナトリア青年協会(AGD)のメンバーは、イスタンブル征服563周年記念の祝賀の一環として、アヤソフィアをモスクに戻すために「礼拝マットを手に集まれ!」をスローガンに「朝の礼拝にアヤソフィア・モスクに集おう」キャンペーンを実施した。

イスタンブルおよび近隣の県からバスでやってきて、夜半以降アヤソフィア広場に集まっていたグループは、そこで朝の礼拝の時間が来るのを待っていた。集まった集団に、広場に設けられた舞台から音楽家のアンマール・アカルルオール氏が調べを詠った。その後シェフザーデバシュモスクのイマーム・ハティプ・クッラハーフズであるエルジャン・チャクルオール氏がコーランを朗誦した。警察もアヤソフィアの庭園に人が立ち入らないようにバリケードを張り、警戒態勢を取った。

「今我々はアヤソフィアの外にいる」

お祈りの前、信徒らに話しかけたAGD会長のサーリフ・トゥルハン氏は、「今我々はアヤソフィアの外にいる。しかし以下のことは確信している、すなわちいずれこのクヤーム(立った時手を前に重ねる姿勢)、このリュク(立って前に体を傾ける)、このセジュデ(座って頭を下につけて平伏)はアヤソフィアの中で行われることになるはずだ」と述べた。既成事実で1934年11月24日に博物館になったアヤソフィアであるが、博物館になることに関して国民の意思は無視され、閣議決定で実現されたということを指摘するトゥルハン氏は、「大統領のサインが偽造され、政府の決定書の番号が逆行しているといわれている。もしサインや書類が本物でないなら、なされたこの決定も間違った決定である。今一部の人々が『アヤソフィアの本来の姿は教会であるから、そのようにしなければならない』と主張することは、『むかしはイスタンブルはビザンツのものであったのだから、今やイスタンブルを彼らに返すべきだ』ということと違いがない」との見解を示した。トゥルハン氏は、アヤソフィア・モスクはイスタンブル、そして征服のシンボルであり、必ずや解放されるはずだと語り、関係者が必要な措置を取ることを望んだ。

「アヤソフィアは我々の憧れ」

AGDイスタンブル県支部長のアリー・ウウル・ブルト氏は、イスタンブルの征服という、一つの時代を閉じ、一つの時代を開いたこの重要な出来事は、文明が人類に与えた価値の最も素晴らしい表明であると注目しながら、「我々は征服を大いなる誇りでもって、そして同じ程度の苦々しさの中で、祝っている。征服の最も重要なシンボルで、征服者メフメト2世の遺産であるアヤソフィアは長い間痛ましい状態にある。アヤソフィアは我々にとって憧れであり、我々はアヤソフィアにとっての憧れである」との見解を示した。

ブルト氏は次のようにつづけた:「アヤソフィアをモスクにしないでおくことは、ギリシャ人に対し『私はできない、お前がやってきて自分たちのお金で(教会に)しろ』というのと同じである。アヤソフィアをモスクにしないでおくことは、この大地の上に暮らす8000万人とこの大地に眠る300億人のムスリムの、天を焼く程の呪いを受けることになる。しかしアヤソフィアはいずれ解放される。この祖国に留まるか否か懐疑的な人々は、アヤソフィアが解放されるか否かについても疑う可能性がある。しかしアヤソフィアは解放されるはずだ。さらに以下のように解放される、すなわち失われた全ての意味は、鎖でつながれた『無垢』のように、その中から飛び出すはずである。以下のように解放される、すなわちこの国民に対し善と悪を行った者たちの記録簿も、それ(アヤソフィア)と共に明らかにされる」

礼拝の時が来ると、ヒジャーズ(アラビア半島紅海沿岸)からやってきたイマームの一人ムラト・ムスタファ・エルハサンが信徒らに朝の礼拝を行った後、お祈りを捧げた。グループは「鎖が断ち切られますように、アヤソフィアが解放されますように」とのスローガンを掲げ解散した。

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(翻訳者:トルコ語メディア翻訳班)
(記事ID:40603)