Fikret Bila、ミッリイェト紙主幹を離任
2016年06月09日付 Cumhuriyet 紙


フィクレト・ビラ氏は、ミッリイェト紙主幹を辞任した。

ビラ氏は、約3年前にデミルオレン家に任命されたミッリイェト紙主幹の職を辞した。ビラ氏は管理職のほか、30年近く勤務した報道の責任者、アンカラ代表を務めたミッリイェト紙からも完全に袂を分かった。

同氏は、辞任の意向を記したメールを同僚たちに送った。ビラ氏がミッリイェト紙に送ったメールは以下の通り。

「親愛なる同僚のみなさま。私は3年間続けてきた主幹という職を、今日をもって辞任いたします。エルドアン・デミルオレン氏を筆頭とするデミルオレン一家の皆様、いつもあらゆることに手を貸してくれたあなた方同僚の皆様に感謝し、敬愛の意を表します。」

ミッリイェト紙は最近、ジャン・デュンダル[ジュムフリイェト紙編集長]がチャーラヤン裁判所の前で銃撃された事件の記事が社長命令によりウェブサイトから削除されたことで話題となった。エルドアン・デミルオレン氏と子供たちによる介入がルザ・サッラフ氏[の汚職事件]へも伸びた後、ミッリイェト紙ウェブサイトの編集長セルクト・ボズクルト氏が報道規制を拒否したことで約3か月前に異動させられていたが、同氏も先週、ミッリイェト紙かの辞任を余儀なくされていた。

■ビラ氏の辞任にはメフメト・ソスヤル氏が関わった?

ビラ氏の辞任の背後には、メフメト・ソスヤル氏が理事長に就任したことが影響しているのではないかと言われている。

エルドアン・デミルオレン氏は、ミッリイェト紙とヴァタン紙をドアン・メディア・グループから購入した際、グループの長に誰を据えるかについて、当時のタイイプ・エルドアン首相に相談していたことが明らかになっている。同氏は、政権にもっとも近いメディアのパトロンに仲間入りした。デミルオレン氏は、「イムラル・レポート」の記事に苛立ったタイイプ・エルドアンに電話をかけ、「パトロン」と呼びかけながら泣いたところを録音され、公表されていた。

Tweet
シェア


この記事の原文はこちら

 同じジャンルの記事を見る


( 翻訳者:今城尚彦 )
( 記事ID:40646 )