空軍はどうなっていたのか?
2016年07月24日付 Cumhuriyet 紙


アクン・オズチュルク空軍大将はアクンジュ基地で捕らえられ、拷問を受け、クーデター犯として逮捕された。参謀司令本部によって7月20日に行われた発表は混乱を引き起こした。

参謀司令本部はクーデターの企ての後に行った新たな発表で、特に空軍での進展を伝えた。発表では、MİT(国家諜報機構)の報告の後に、空軍に属する全ての航空機を停止させるようにとの指令が出されたこと、空軍作戦センターが一段階を経た後に機能停止となったことが明らかにされ、アクンジュ宿舎の地域にいたアクン・オズトゥルク空軍大将はクーデターの首謀者達を説得するための交渉へと送られたと言及された。事実アクン・オズチュルク空軍大将は、検察側の最初の説明で企てを止めるためにアクンジュ基地に行ったと述べた。

■航空機は着陸を余儀なくされた

参謀司令の発表ではMİTのハカン・フィダン事務次官の警告の後に、トルコ領空が戦闘機に封鎖されること、陸軍航空学校で対策がとられること、エティメスグト装甲部隊学校と教育師団司令本部でとられた対策が繰り返し述べられた。発表では参謀副総長のヤシャル・ギュレル大将が空軍に向けてとった対策が詳細に説明され、第一段階で飛行を取りやめ、空で飛行中の航空機を着陸させることについての指令が空軍作戦センターに伝えられ、指示がエスキシェヒルにある航空作戦セ ンターから全部隊に伝えられ、手続きが同日の19時26分までに完了したと述べられた。発表では指示は19時56分と21時31分に全部隊に再び伝えられたと明かされ、全ての注意や警告にかかわらず21時45分以降に一部の飛行場から異なる照会コードと召集の名目での離陸が行われたことが伝えられたと述べられた。

発表では、クーデター犯が空軍作戦センターを支配下おこうとしていることをうけて、空軍司令のアビディン・ウナル空軍大将がセンターがテロリストを一掃し、すべての連絡を絶つようにとの指令を出したと伝えられ、「指令に応じて、空軍作戦センターは機能停止状態にされた。同時に全関係者がエスキシェヒルの航空作戦センターにいることや、司令部の命令なしにいかなる飛行も許可されないことに関しての命令がメッセージとともに全部隊に広められた。」と述べられた。

発表で、ウナル空軍大将がアクンジュ基地宿舎地域にいるオズチュルク空軍大将に電話をし、彼に基地から離陸した航空機が違法であること、緊急にアクンジュ基地に赴いてそこでの企てに参加した人々を説得するよう求めたことも述べられた。発表では企てがアクンジュ基地に限定されると明らかにし、エスキシェヒルが地位ある将官たちによって強化され、この手続きの後にウナル空軍大将とメフメト・シャンヴェル空軍中将がテロリストたちに拘束されたことを想起させる一方で、その後国防相の情報と指令に沿って計画が立てられ、異なる飛行場からF16戦闘機を用い、飛行中の航空機を強引に着陸させたと伝えられた。

発表で、航空機の離陸禁止がアクンジュ基地に圧力をかけ、飛行滑走路にF-4機による空爆が行われながら封鎖されるかたちで行われたと述べられ、「同飛行場から離陸を行おうとしたヘリコプターも威嚇射撃により妨害され、アクンジュ飛行場は支配下に置かれた。これらに加えて、違法組織に属するテロリスト(FETÖ:ギュレン系テロ組織)の降伏を確保するために基地内のいくつかのポイントが爆弾で攻撃され、圧迫が続けられ、テロの制圧を助けた。この恥辱、不名誉、トルコ共和国政府に、過去の名誉と名声に満ちたトルコ国軍に、また高貴なる我らが国民にこの屈辱を経験させたこれらの低俗な者たちは最も重い形で処罰される」と評された。

■頭を悩ませた

参謀司令本部から行われ、オズチュルクがクーデターの企てへ参加した者を説得することを試みたと伝えられた発表は注目を引いた。メディアに袋だたきにされた写真が掲載され、逮捕されたオズチュルクの主張の一部を正当化する発表は「クエスチョンマーク」を生み出した。オズチュルクの主張では、アビディン・ウナル空軍司令の要望を受けてクーデターの企てに参加した者を説得するよう努力したと述べられた。裏側ではまた別にオズトゥルクが空軍司令として加わった YAŞ(高等軍事評議会)でこの軍から昇級する大佐たちのほとんどすべてがクーデターの企てに参加したことにも注目がなされた。

(後略)

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( 翻訳者:伊藤梓子 )
( 記事ID:40939 )