塩湖のほとりで渇きに苦しむチェシュメ・シュール村のつらい現実(2)
2016年07月27日付 Iran紙


 ナルゲスの額に刻まれた深いしわに、汗の粒が光る。

ここでの私たちの最大の悩みは、水がないってことね。みんな病気になっちゃってね。小さな子どもたちなんかも、感染症にかかってるわ。井戸がないのよ。お金が足りなくって、他の場所に移り住むってわけにもいかない。

[村に]ガスが引かれたけど、自宅にガスのある家なんてないわ。自分でガス管を引けって言うのよ。どっからもってくればいいっていうのよ?ここは冬が寒くてね。灯油もなけりゃガスもない。失業も多いわ。うちには息子が3人いるけど、3人とも失業中よ。若い人たちの多くが、ここじゃ失業中。[村を]出てったのもいるわ。でもね、もしいま水があったら、少なくとも生活はできるわ。こんなんじゃ、生活とは言えないわよ。

 アブドッラー・セイフィーは、旧くからの村人だ。50年[西暦1971年]からチェシュメ・シュールに住んでいる。仕事は畜産業だ。家畜に十分与えるだけの水などもはや残ってはいないということは、言うまでもないだろう。

昨日、郡の役所から視察に人がやってきたよ。国会議員たちが来たこともある。みんなやって来ては、約束を口にして、帰って行くのさ。そしてオレたちのことはきれいサッパリ忘れてしまうんだ。いま水のある泉は、あっちの方にあるよ。

 アブドッラーの言う「泉」とは、昔井戸だった場所を覆っている小さな池のことだ。水は緑がかってよどんでおり、[水として利用]可能な最低レベルにある。池の上には比較的太い金属のパイプがあり、そこにロープでバケツが結わえ付けられている。

女性たちが服を洗うのに使っていたのは、そこの水さ。喉が渇いて、仕方なくこの水を飲んじゃう人も、時々いるけどね。もう一つ別の井戸があっちの方、サッカー場の脇にもあるんだけど、もう枯れちゃったよ。

 「村のサッカー場」というのは、乾いた土埃のまうグラウンドにたたずむ、ネットのない錆びた二本のゴールポストがある場所のことだ。

昔、ここでサッカーが行われていてね。村にもチームが一つあったんだよ。いまじゃ、もう誰もいない。みんな去って行ったよ。残った者たちが、プレーすることもなくなったね。

 大きなゴム製のチューブが一つ、井戸の上に置かれていた。真っ暗な深い井戸の底には、いささかなりとも水とおぼしきものは見当たらない。

つづく


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(翻訳者:KWSM)
(記事ID:40991)