駐トルコ米大使、米関与の噂に「深く傷ついている」
2016年08月06日付 Hurriyet紙


ジョン・バス米大使が、「個人的に、クーデター未遂事件の背後にフェトゥフッラー・ギュレン氏が関与しているとお考えですか?」との質問に対し興味深い回答をした。バス氏は、「アカル参謀総長の、クーデターの夜に関する発言を有力な証拠として捉えている」と述べた。バス氏は、7月15日のクーデター未遂にアメリカが関与していたとの主張を退け、次のように話した。「アメリカが(クーデターに)関与していたこと、あるいはクーデターに関する情報を得ていたことを主張する発言や批判に対し、深く傷ついています。アメリカ政府は、7月15日深夜から明朝にかけて発生した違法行為を一切計画しておらず、指揮しておらず、また支援もしていません。あるいはこれらに関し、事前に情報を得ていたということもありません。以上!」

フェトゥフッラー・ギュレン氏が1999年以来生活しているアメリカは、7月15日の夜から今日まで、クーデターに関する推測が飛び交う中心地だ。トルコで幅広く認識されている「今回の事件の背後にはアメリカがいる」との見方は、アメリカ政府の心配の種となっている。一昨日(8月4日)イスタンブルで報道陣らの前で話した駐トルコ米大使のジョン・バス氏は、ギュレン問題に関する重要なテーマについて、アメリカとしての立場を示した。

■「情報が得られていたら、トルコ政府に伝えただろう」

●7月15日のクーデター未遂に関する、基本的な見解をお聞かせください。

「我が国と、あの夜を皆さんと同じように過ごした数多くのアメリカ人たち、そしてそのご家族に代わって、大変でしたねと言いたい。トラウマになるような、とても恐ろしい夜でした。しかし一方で、全くの証拠もなしに、この違法なクーデター未遂にアメリカが関与したとか、あるいはこのクーデターに関して情報を得ていたといった発言や批判に対し、深く傷ついています。アメリカ政府は、7月15日深夜から明朝にかけて発生した違法行為を一切計画しておらず、指 揮しておらず、また支援もしていません。あるいはこれらに関し事前に情報を得ていたということもありません。以上!もし事前に情報が得られていたならば、すぐにトルコ政府に伝えていたでしょう…。しかし、このような軋轢や誤解はあるものの、我々は2つの根本的な優先事項に集中するよう徹しています。まずは、トルコ政府がこの違法のクーデター未遂に対する責任者を公正に裁くようサポートすることです。この取り組みの大部分は法的なルートを通じて進んでいます。現時点では、法的プロセスに悪影響を与えるような一切の事柄は述べたくありません。」

●アメリカは、最初に行った会見でなぜクーデターの代わりに「騒乱」という単語を使ったのでしょうか?

「最初の頃は、エルドアン大統領が使用した語を我々も使用しました。彼自身も、よく知られたFacetimeでのインタビューで、「騒乱」という表現を使っていました。我々もまた、トルコ政府(の見解)と一致させるという路線でいこうとしたのです。」

■『フッラー』についての情報はない

●フェトゥフッラー・ギュレン氏がグリーン・カードを申請した際、レファレンス用の手紙のうちの一通を書いた、以前CIA幹部だったグラハム・フッラー氏は、あの晩トルコにいたのでしょうか?

「あの晩、フッラーさんがトルコにいたかどうかについての情報はありません。正直に申し上げれば、彼がトルコにいたとしても我々の立ち位置を変えることはなかったことでしょう。彼は現在のアメリカ政府とは一切関係ない、かつての政府関係者です。フッラーさんや、あるいはその他の人々が、クーデター事件発生の際にトルコにいたかどうかということで、アメリカが何らかの利益を得られるといったような非常に酷いコメントが、何人かの人々によって、一部のアメリカメディアで述べられていましたが、これらはアメリカ政府の見解を一切反映していません。」

■『インジルリキ』を、我々は管理していない

●補給機がインジルリキ基地から出発したというのに、どうしてアメリカがこの騒乱について何も知らなかったということになるのでしょうか?

「インジルリキはアメリカの基地ではありません、トルコの基地です。我々はインジルリキを、トルコ政府の招待と許可のもとに使用しています。基地やトルコ空域、あるいはインジルリキの管制塔のどれ1つも管理してはいません。どの飛行機が、いつ、何のために離陸し、着陸するのか、我々には決定権がないのです。 アメリカの飛行機であっても、トルコ側の許可の上で飛行することができます。トルコが基地から行っている軍事的活動について調べる権利もありません。 それゆえ、インジルリキから出発した飛行機が法的、あるいは正当な作戦のために使用されたのかどうか、我々には知る由もないのです。クーデターは、トルコ国軍と空軍がやったことです。」

■クーデター事件を23時15分に知った

●本件には関与できないとしても、あの日インジルリキで発生した異常行動に対し、アメリカが気付かなかったということは有り得るのでしょうか?発覚まで何もご存じなかったのですか?

「いいえ、全く知りませんでした。私はクーデター事件を、アンカラの公邸で飛行機が低空飛行機を行い始めた時に知りました。だいたい22時ごろだったと思います。あの晩は19時ごろに飛行機でイスタンブルから戻りました。遅延のため、21時半ごろ公邸に戻ることができました。その日は同僚が参加している誕生日会があったので、下の階に降りていって少し顔を出しました。その後で、上空でおかしな動きが始まったのです。最初は、テロに対し措置が講じられたのかと思いました。すぐに電話に飛びつき、何が起こっているのか知っている人々と連絡を取ろうと努めました。みなさんと同じように、です。トルコ政府から、この動きが違法なクーデター未遂事件であることに関し電話を受けたすぐ後で、何人かの仲間と一緒に、23時30分ごろ大使館に移動しました。 我々に電話を掛けたのは外務省の方で、23時15分ごろでした。その方は(クーデターについての)この情報をワシントンに伝えてほしいとし、またトルコ政府がアメリカからの支援を期待していると述べていました。私もすぐにこれに従いました。」

■アメリカ政府と連絡を取っていた

●あなたに電話をした方は、クーデターの背後にギュレンが関係しているとの疑いがあることについて言及していましたか?

「覚えている限りでは、ギュレンについての言及はありませんでした。」

●ギュレンという名前が現れたのはどの時点からですか?

「とても長い2日間を過ごしました。最初に大使館に行ったメンバーとして、48時間働きました。その時点で、アメリカ政府の非常に重要度の高い人々と連絡を取っていました。彼らも(トルコで)何が起こっているのかを理解しようと努めており、また心配もしていました。クーデターを引き起こした人々は、 正当性を勝ち得るべく一連の行動を起こし、テレビ・ラジオ放送協会(TRT)を手中に収めようとしました。このデジタル時代には、こういったことが起これば、瞬時にすべての人々に情報が行き渡ります。このため、アメリカの関係者は、報道されるニュースのうちどれが正しく、どれが間違っているのかを調べていました。また同時に、大使館で働く職員や、アメリカ国民の安全に関する心配がありました。」

●ギュレンが事件のバックにいる可能性があることについて、あの晩アメリカ側に伝えましたか?

「トルコ政府から確かな証拠を伝え聞いた時点で、それらをすぐにワシントンにそのまま伝えました。」

■アカル氏の発言が明確な証拠

●個人的には、クーデター未遂事件の背後にフェトゥフッラー・ギュレン氏がいるとお考えですか?

「私はトルコに暮らし、またアカル参謀総長といった非常に多くの人と話す立場の人間です。彼のあの晩に関する発言を、明確な証拠と考えています。それ以上、何らかの見解を明らかにしたくはありません。トルコ政府が、責任者を公正に裁くことを困難にさせるような原因となりたくはありません。」

●アメリカも、(今回の事件が)諜報組織の弱さであるとの評価がなされていますか?

「我々も驚き、またショックを受けました。今回の計画の規模からは、隠れていたものの大きさが見えてきます。彼らはこれをどのようにして成し遂げたというのでしょうか?トルコ政府による今後の発見を待っています…。この件で生じたショックの大きさを西側の人々に説明するためには、9.11の経験を思い起こす必要があります。」

●トルコでは多くの人々が、ギュレンがこのクーデター事件の背後におり、またアメリカもギュレンのバックについていると考えています。

「トルコが(クーデターに関する)責任者を公正に裁くことを支持しています。その一方で、異なる民主主義の異なる法制度が存在します。アメリカでは、司法は高度に独立した存在であり、その運営は行政と分離していて、同等の権限を持っています。アメリカでは司法は、行政が承認しなかった多くの決定を承認し得るために、2008年にアメリカ人の裁判官がフェトゥフッラー・ギュレン氏の滞在許可問題についてもまさにこれを行ったわけです。現在アメリカにおり、またトルコ政府がクーデター事件に関与したと考えているどのような人物がいようとも、彼らに関する(司法の)扱いが、[権限の上で]独立したアメリカの裁判官たちのもと、説得力のある形で遂行されるよう、我々も支援をしていきたいと思っています。多くの事柄を話したい(したくない?)理由は次の点です。すなわち、アメリカでは、裁判が始まる前に世論の前であまりにも多くのことが語られた一部の裁判では、司法がうまく機能しないという事例が多くあるのです。」

■強いトルコを見たい

「トルコでとても問題だと思うことのひとつが、トルコ人の記者もヨーロッパの記者も、今回の事件を分析的な枠組みに当てはめるという点で、非常に早計に振る舞ったことです。西側メディアによるいくつかの報道には辟易しました。みなさんがなぜ怒りを覚えているのか、私には分かります。それはあの晩、民主主義を守るために、ご自身の命を懸けてまで通りに出た人々が、多くの報道には反映されなかったためです。ここにいる多くの記者の方々もまた、様々な推測を踏まえた上で、アメリカがクーデターに何らかの役割を果たしたのだという結論に至ったということについてもまた、 残念に思っています。トルコが分裂し、弱体化し、不安定化していくことをアメリカが見たいと思っているというストーリーは、我々には理解しがたい。両国間の歴史、またトルコにおけるアメリカ側の投資を考えれば、まったく正反対の説明でしょう。アメリカは、強く、繁栄し、民主的、そして自信を持ったトルコが見たいのです。」

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(翻訳者:木全朋恵)
(記事ID:41011)