水没予定のハサンケイフ・レポート
2016年09月17日付 Hurriyet紙


不満充満・・・・我々のハサンケイフが失われていく

ハサンケイフの水没へのカウントダウンが続いているにもかかわらず、歴史的遺産が移動するか移動しないかは未だはっきりしない。その他にも、住民が移住する予定の新ハサンケイフで誰が、どこに、どうやってその身を落ち着けるのかということもまた、謎である。役人たちがすでに移住していることは、経済やテロに加えて観光に打撃を与えている。


かつてバトマンの真珠と言われたハサンケイフは、今や観光客にとって完全なゴーストタウンと化し、誰もその場所に立ち寄らなくなってしまった。筆者が入ったとある土産物屋では1日中全く物が売れず、夕飯をとったレストランでは3日ぶりに来た客が筆者、宿泊したモーテルでは四日ぶりの客が筆者、という有様だ…。

ハサンケイフは地域の最も古い集住地で、12000年前から残る歴史的遺産がある。ここにダムが建設されるとしたら、ご存知の通り、それはたった半世紀の出来事だ。
ここ2年でダムは重要な段階に来た。主要な工事は終わった。水かさの上昇のため住民が移住予定の新ハサンケイフが完成されたのである。公共施設や公務員はこの新たな土地に移動した。

■我々は世界の恥だ

歴史的遺産も移動させる予定であると言われていた。しかし水かさの上昇に対し、これほど残された時間が少ない中、未だ大部分において確かな手段は講じられていない。さらに水没する予定であるにもかかわらず、アルトゥクル橋のようにいくつかの構造物の修復作業が続いている。

移転が決まったものも、どうなるかはっきりしない。例えば650年の歴史をもつゼイネルベイ廟のために入札が行われた。500日の間に新たな土地に移転させねばならず、その移動はレールを利用しながら行われる予定だ。しかし何より、ハサンケイフのアブドゥルヴァハップ・クセン市長をはじめ、皆が不安がっている。クセン市長は、重さ1100トンあるトゥルベの上半分のひびが入っており、移転の際にここに残されるかもしれないといい、世界に恥をさらすことを恐れている。

■12000年の歴史がゴーストタウンに逆戻り

新ハサンケイフはといえば、トルコで初めて石油が発見されたラマン山のふもとに位置している。公共の建物は完成され、13の建物に公務員が身を落ち着け、学校も始まった。しかしハサンケイフ出身のものに関する状況は不明瞭だ。今日までで受益者へ3回契約が行われたが、全てがキャンセルとなった。先月再び申し込みが承認された。8月19日締め切りの申し込み要項によると、2120人がハサンケイフの土地所有者であるという。委員会の評価ののち、新ハサンケイフで誰に家が与えられるかが明確となる。現存するハサンケイフではおよそ3000人が暮らし、家々は500近くあった。それに対し新ハサンケイフでは、700から800の新しい家々が建てられるだろうと推測される。新たな推測によれば、ダムでは2017年末に向けて貯水が始められ、新たな家々は住宅建設機関(TOKI)によって18か月後提供される予定だ。それに加え、テロが観光に完全なる打撃を与えた。バイラムでは部分的に人々に動きがあったものの、それもディヤルバクルや、バトマンやマルディンのような近隣の地方から来た人々だった。かつてのように、ツアーバスは、その形跡もない。外国人観光客は、まったくいない。

■人々は行きたがっていない
■家は素晴らしいがそこでは暮らせない

1933年生まれのハサビ・ギュゼル氏は、かつて、ハサンケイフ城で暮らしていた。「1963年まで城で暮らしていた。ある日デミレル(元首相)が来て建設をはじめた。『あなた方はここで暮らしなさい』と言ったし、今も『ダム』と言っている。家々を見た。素晴らしい家だとは思ったが、ダムもいらない。新しい場所も同じだ…。」

■安く手に入れ高値で売っている

ユルマズ・オズオル氏は、50年間に不当な扱いを2回も経験したことを語った。「1970年代我々を洞窟からひっぱりだした際も、我々は犠牲となった。我々は洞窟にお金を払わなかった。彼らは家を賃貸し、今も我々の家を安く手に入れ新たな家々を高値で売っている。我々はあの新しい家には行きたくない。」

■テロは南東部を壊滅させた

オズ・アンティクのオーナー、メフメット・ヌリ・アイドゥン氏は「かつてハサンケイフの収入源は機織り業だった。今日はキリム一枚しか売れていない。35トルコリラのもの1枚だけだ。」と述べた。彼の近隣住民タフシン・メテ氏も日に2枚だけを売って店を閉めた。羊飼いのアリ・アイハン氏も自分の状況に不満をもつ。「テロは南東部を壊滅させた。もう誰も来ない。」

ハサンケイフはユネスコの10の基準のうち9つを満たしている。ウルス・ダムとともに83の遺跡が水没する予定だ。

■役人たちの姿は見ていない

テーラーのアフメット・エジェ氏はどうしていいかわからない…。「毎日何も売れずに店じまいしている。例えば今日もそんな感じだ。役人たちは、新ハサンケイフに移ってバトマンを行き来している。彼らの姿を全く見ない。ここの経済は崩壊した。商人たちは家賃代を稼ぐこともできない。私もどうしていいかわからない。」と彼は述べた。

■最低賃金でどうやって支払えばいいのか

料理人のレフィク・トゥルカン氏は次のように述べた。「前はチグリス川のほとりのあずまやで働いていた。私はバーベキュー担当で、日に少なくとも100回はバーベキューをしていた。小さな場所だったが12人も働いていた。しかし城が閉鎖され、あずまやも閉店し、今は皆無職だ…。新しい家のために月1500トルコリラ支払わなければならないが、最低賃金でこれほどの額をどうやって払えというのか。」

■1年を1時間には変えられない

匿名希望のとある役人はこう語った。「新ハサンケイフでの1年を、かつてのハサンケイフでの1時間に変えることは私にはできない。それとは別に、もう1つ問題がある。我々はケスメキョプリュの第一村と第二村があり、何年もの間互いを嫌ってきた。それが今、新ハサンケイフで共に暮らすことを強制されている。誰もそうはしたがらない。」

■ダムの81%が完成し、2017年には建設が終了する予定だ

南東アナトリア計画(GAP)のサドレッティン・カラホジャギル管理部長は、ダムの2015年の完成を計画していたが、当該地域へのテロのためにこの日付が延期されたことを明らかにした。「建設が続くいくつかのダムや水力発電所の建設は、攻撃やサボタージュがあったため延びた。ウルス・ダムには合計17億トルコリラかかっている。現在80%以上が完成し、2015年末には建設が終了する予定であった。しかし起きた事件のための建設は順調に進まなかった。

■我々が何を失ったか最後に見てください

『現代考古学』雑誌の最新号は、完全にハサンケイフを特集している。ムラト・ナギス編集長は、最後にもう一度注意喚起をし、人々が何を失ったかを示したかったと語った。「ハサンケイフの歴史は、ギョベクリ・テぺと同じように新石器時代にまで遡る。最新の発掘調査では11500年前の遺物が発見された。」

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(翻訳者:松原あゆみ)
(記事ID:41263)